第7話 二つのクラン

○○○


 それから俺達は役割を分担を決めあった。

 俺とセンセイは引き続きもやの討伐に当たり、そしてアシュリーとアノンは防衛戦力を集めるための交渉におもむく。


こいつらのこの気配の薄さ何とかなりませんかね?」


 俺とセンセイは祠から少し離れた場所に足を運んでいた。そこで、ちょうどさっき複数体で出現したもやの化物を相手取り、俺は光時雨レインを浴びせて一掃したところだ。


「姿さえ捉えれば、こいつら思ってたよりも対処が簡単みたいですし」


 センセイは腕組みをして後ろで俺の戦いを見守っていた。


「これは誤算かもしれぬな。我が前回見たときよりも気配が薄くなっておる。封印領域の方も前回から成長しとるということかの」


 とにかく封印領域から溢れたモンスターは気配が薄かった。

 俺もそれほど気配を読むのが苦手ではないけれど、のモンスターの気配は読見づらい。そのために仕方なく、センセイが毎回同行せねばならぬ状況となった。


「もう少し放置してから、一気に殲滅した方が良くないです?」


「んーや。それは良くないかの。我らもかつては同じように考えて、それで失敗しておる。

 しばらく放置すると《靄の化物フォグ》が、今現在そこの祠に封じられておったものと同じ性質を発揮しだす。

 つまり、《ここで靄を増やせ》という目印トークンの働きをするようになりおる。

 するともやの化物は、そこを起点に増殖し始める。放置し続けると目印トークンの干渉範囲が重なる箇所が発生する」


「重なるとどうなるのですか?」


 俺は嫌な想像にごくりと唾を飲み込んだ。


「想像の通り増殖スピードは乗数的に増す。

目印トークン》は《生産者ジェネレイター》へと変化し、爆発的にフォグを生み出す。比喩ではない。文字通り乗数的に増えるのじゃ」


 だからこそ、とセンセイは繋げ、


「こいつらは出現と同時に滅ぼさねばならん」と答えた。





靄の化物フォグ》の変化。

《フォグ》から《トークン》に。《トークン》から《ジェネレイター》に。

 要するに俺達はフォグフォグの姿でいる間にこいつらを滅さないといけないのだ。


 そうなると、俺達に必要なのはフォグの気配を読めるほどの気配察知能力の持ち主だろう。

 封印の綻びと共に加速度的に増殖するとされているフォグを逐一倒していくには、間違いなく気配が読める人材が必要となる。

 その辺りのことも、防衛戦力集めに奔走しているアノンやアシュリーにリクエストしよう。



○○○



 俺達は数日間地道にフォグを殲滅し続けた。すると、ここのところ姿を見せなかったアノンとアシュリーが屋敷へと戻った。

 数日ぶりに彼女達と食事を共にした。


「ボルダフのギルドマスターと領主に話は通してきたよ」


 アノンの声はどこか沈んだものだった。


「ボルダフの領主はね、封印のことを知ってるのさ。さすがに伝えられてなければ嘘だ。封印にこれだけ近いところに街があるのだからね。

 ワタシの隣に聖騎士のアシュリーがいたことも状況に信憑性を持たせることになったんだろう。それにもしかすると、勇者パーティのやらかしを既に耳にしていたかもしれないし。

 そういった訳でボルダフ領主は私兵を出してくれることになった。もちろん費用は全て彼持ちでね」


 腹が減ってるのかアシュリーは説明全てをアノンに任せて、まぐまぐとステーキを口に運んでいた。


「そいつは心強いじゃねぇか」


 俺が手放しに喜色の声を挙げた。


「けどワタシは領主の私兵団だけで足りるとは思っていない」


 だからね、アノンは話を続けた。 


「領主と一緒に、ボルダフのギルドマスターに探索者の大規模な募集を頼んだんだ。すると、この辺りでも有名なクラン《旧都ビエネッタ》と傭兵団として活躍している《益荒男傭兵団ベルセルガ》の名前が挙がった」


「その二つは実力と人数はどうなんだ?」


「もちろんどちらとも、Sランククランさ。実力と人数に関しても全く申し分ない。

 彼等が、今回の件を手伝ってくれたら物事は相当スムーズにいくだろうね。

 ただ《益荒男傭兵団ベルセルガ》は金銭的に割高であったことととある条件・・・・・を飲むならってことで出兵を引き受けてくれたんだが、どうも《旧都ビエネッタ》の方が探索者を出し渋っているようでね」


「《旧都ビエネッタ》以外に戦力候補はいないのか?」


 無理に手伝わせても中途半端に手を抜かれた方がマイナスになるという場合もある。今回のこの件だって、撃ち漏らしがあれば命取りになる状況なのだ、

旧都ビエネッタ》が乗り気ではなく、半端な戦力となるならば、いっそのこと別のクランを探した方が───


「いないことはない。けれど今回戦力としてこの二つのクランに声を掛けたのには訳がある」


「わけ?」


「うん。《益荒男傭兵団ベルセルガ》は翼速竜イーグルドラゴンを多数所持している。

 ここに来るときにキミも乗ったろ。あれだよ。あれは《益荒男傭兵団ベルセルガ》の翼速竜イーグルドラゴンの貸し出部門からレンタルしたもんなんだ」


「なるほど、戦力としてだけでなく、移動手段の確保としても見込んでるってわけか」


「そうなんだ。《旧都ビエネッタ》に関しては、上級気配察知スキル持ちが多く存在する。だからこそ、今回の件では必ず彼らの手を借りたい」





 それから少し、アノンから《旧都ビエネッタ》に関して話を聞いた。

 彼らは『無理をしない、無茶をしない、安全マージンは必ず』をモットーに、所属するメンバーを大事に育成してきたクランなのだという。

 アノンの予想によると、だからこそ今回のような訳のわからない件には大事なメンバーを無闇矢鱈むやみやたらと関わらせたくないのではないかという話だ。


「金じゃだめなのか?」


 アノンは厳かに頷いた。


「ああ、領主もワタシも金銭で説得しようとして断られた。『どれだけ積まれても今回は力にはなれない』だそうだ」


 手伝う以前に、時期がくれば手伝わざるを得ない状況になるだろう。そしてそのこともアノンから告げられているだろうに。   


 正常性バイアスというものがある。

 人間は何か大きな災害が起こったとしても、それを目にする直前まで『自分の身にそれが襲い掛かることはないだろう』『これまでも何もなかったんだからこれから先も何も起こることはない』などといった根拠のない先入観を持ってしまう。

 こいつを正常性バイアスという。

 だから多く人が命のかかった場面で、判断を狂わせてしまい、結果として大惨事を招いてしまうのだ。


「お願いなどといったまだるっこしいことはやめて、彼らを無理矢理従わせても良いんだけどね」 


 非合法の匂いがするから却下です。


「おいおいおい、やめてくれよ。穏便に行こう。暴力反対。これ、俺のモットーだから」


「誘拐犯の手足を叩き折って放置した人のモットーとは思えないほどキレイなモットーだね。いやぁ、涙が出そうだよ」


「何でそんなこと言うの?」


 SNSでレスバに負けたときのような無力感に打ちひしがれた。俺はあまりにも無力だ……。


「失敬失敬。冗談さ……何その表情、え、ごめんよ……ごめんね……」


 アノンの「元気を出してくれたまえ」「ワタシはキミを頼りにしてるんだ」「よ、ダンジョンブレイカー」という慰めによって俺はようやく回復を果たしたのだった。


 閑話休題。


「話を戻そう。キミの心配するようなことにはならないよ。ワタシの専門は情報屋だよ? いくら清廉潔白を旨とするホワイトクランの《旧都ビエネッタ》でも弱点はある。もちろん彼らに不正はないだろうけれど、家族関係まで遡って調べれば、あっという間に彼らはワタシのトモダチマリオネットさ」


 なんかとんでもないルビが振ってある気がするんですけどおおおおお!!


「あかん! 俺は反対だ! 押さえつけて言うことを聞かせるやり方は好かねぇ!

 ただよ、情報を使うのはいい考えかもしれん! ほら、あれだよ、《旧都ビエネッタ》のクランマスターをはじめとした幹部が今現在困っていることや、欲しがりそうなものは何かないのかよ?」


 アノンが首を上げた。フードで隠れてはいるが、何か閃いたのだろう。


「《旧都ビエネッタ》のクランマスターの弟なんだが、正体不明の病気を患っていてね。もう長くはないみたいなんだよ。なもんで、クランマスターは何とか弟を回復せんと奔走してるという話を聞いたことがある」


 今の話を聞いて、アノンが何を思いついたのかがわかった。


「アシュリーを回復したセンセイなら何とかなるかもしれない───そう思ったんだろ?」


「その通りさ」とアノンが頷いた。


「善は急げという、俺とセンセイを《旧都ビエネッタ》のクラン本部へと連れていってくれ」


「それは、構わない。けれど、センセイがダメだったときはどうするんだい? 彼らも死に物狂いで弟さんを助ける方法を探してる。そこにキミが顔を出して『やっぱり無理でした☆』ではただじゃ済まないだろう」


「いや、それに関しては問題ない」


 俺だって伊達に《新造最難関迷宮》をいくつもクリアしてきたわけじゃないのだ。

 俺にだって、奥の手の一つや二つくらいある。

 万が一、その一つを切ることになっても、まあ、問題ないのだ。これは決して強がりではない。それならそれで構わないというやつだ。


 ちょうどそんなとき。

 獣───いや竜の咆哮ほうこうが屋敷に響いた。


「グウウウウウウウオオオオオオオオオ!!!!!」


 それも一匹や二匹ではない、とんでもない数の竜の咆哮だ。大気が震えていると錯覚するほどであった。俺達はあまりの轟音に耐えきれずに耳をふさいだ。

 一分か二分か、しばし時間が経ち、そろそろ大丈夫かと、そぉっと耳から手を離すと今度は、


「オオオオイイイイイ!!! 来てやったぞおおおおお!!!」


 世にも恐ろしくいかつい怒号が鼓膜を震わせた。


 


 ───────

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