第16話 俺の何がいけないのか誰か教えてくれ

○○○


 一刻の猶予もない。

 エリス。

 ミカ。アンジェ。

 刻一刻───タイムリミットが迫った。


 アンジェが張った《超複数断層氷結結界ミルフィーユ》がビキビキと悲鳴のような音を上げた。


 どちらかを選ぶことが怖かった。

 どちらかが死んでしまうことが怖かった。


 そんなとき、声が届いた。

「師匠! こっちは私に任せてくださいって言いましたよね!」


「エリス!?」


「私なら無事です! 絶対に私がコイツを倒してみせます! だから師匠には師匠の出来ることをしてください!」


 私たちは最高の師弟ですから───彼女がそう言った気がした。


 もう、迷いはなかった。


「エリス頼むぞ」


 小さく呟き、《詠唱破棄詠唱》を試みる。


「俺の魔力! 全部持ってけえええええええええええ!!」


 発動するは俺の最後の切り札たる《超光速戦闘形態アウト・ストラーダー・デル・ソーレ


「いいぜ、七秒間だけ付き合ってやる」




○○○



 世界が変わる。


 宝剣の明滅が、止まった、ように見えた。


 誰もがほとんど停止した時間の中。


 一秒経過。

 アンジェの結界に触れている一枚の刃を切り裂いた。

 自分の身体の一部が損傷したことにも気付かない。

 俺はさらに二枚目、三枚目の刃に剣を突き刺した。


 三秒経過。

 四枚目と五枚目の刃をまとめて叩き折った。


 四秒経過。

 六枚目の刃が漸く己の損傷に気付く。

 遅すぎる。反撃も許さずに掴んだ刃を上空に投げ、そこに向かって俺の持っていた剣を投げつけた。


 ああ、まだ三秒も残ってるわ。


 五秒経過。

 結界が破れ涙を浮かべたアンジェとミカの目元をぬぐった。


 六秒経過。

 当然不用意に攻撃をけしかけたお前にも責任があるよなぁ?

 俺は手加減して(出来たかわからない)竜宮院に腹パンをかました。




○○○



 七秒後。

超光速戦闘形態アウト・ストラーダー・デル・ソーレ》が解け、世界に音が戻った。


「たーまやーーーー!! ってか!!」


 打ち上げた六枚目の刃が爆発し夜空を照らした。


 俺の横では竜宮院が、

「死にたく───」とそこまで述べた瞬間、謎の爆発的な衝撃を腹に受け、「───ゲロロロロロロ!」と、身体をくの字にしながらもんどりうった。


「きゃあああああ!! 勇者様がゲロをもらしたぁぁぁあ!」


「いやあああ! 勇者様が下の方も粗相を───」


 やってしまったと思ったが、やってしまったもんどうしようもねぇ。今回のアイツは酷すぎた。

 自分をそう納得させて、俺はエリスの方へと駆け出した。




○○○



 エリスと剣戟を交わす龍骨剣士を見たとき、どこか、その剣技の一部に騎士団長の面影を見た。


 そこで違和感を覚えた。

 いや、これは、違う……けど、ありうるのか?


 龍骨剣士はまるで、異なる剣筋をいくつも操っているように見えた。

 それこそまるで他人が憑依したかのような、複数の完全に異なる剣技であり流派だった。


 恐らく、どのようにしてか、迷宮が人類で強者と呼ばれる猛者の剣技をモンスターに付与したのだろう。


 けれど、だからと言ってそれがなんだと言うのだ。


 強い者が強く、勝った者が勝者なのだ。

 剣を操る相手が一人なら、それは単なる対人戦に過ぎない。


 今俺の目の前で繰り広げられているのは、歴代最強の剣士と現在最強の剣士───その二人の一騎討ち。


 二人の内どちらが純粋に強いか、単なるそれだけの話だ。


 そこでふと、不思議な考えが浮かんだ。

 二体いたはずのボスモンスターが、一対一の決闘を望むなぞ、もしかするとダンジョン側からしても不都合なエラーであったのかもしれない。


 エリスに対して龍骨剣士は身体を構成する龍骨故か、それこそ龍の一撃と言われても不思議ではないほどの豪腕を振るった。一振りごとに大気を切り裂く音を響かせる龍骨剣士の剣を、エリスは神域の技術でもって紙一重で捌き続けた。


 その時、傍目からは防御一辺倒で劣勢と思われたエリスが「はっ!」を気合いを発した。龍骨剣士の剛剣が、ぬるりと滑らかにエリスの聖剣に絡め取られ────エリスはその隙を逃さずに一刀の元に袈裟掛けに切り落とした。


『オミゴト』


 龍骨戦士は満足したように告げ、灰となって消滅した。




○○○



「ししょおおおお!! 勝ちましたあああ!」


「おお見てたぜ」


「私、ヤバくないですか?!」


「ああ、ヤバかった。お前はヤバかった!」


 あまりの技術に俺の語彙が消失していたが、二人で時と共に興奮が収まるのを待った。


「そんじゃ、帰り支度でもするか」


「師匠、師匠これ!」


「これ、あれじゃん! ボスの剣じゃん! おおー!さっすが俺の弟子!」


「帰ったらいっぱい褒めてくださいね!」


 エリスは約束ですよ、と小指を出した。


「おう」


 俺はエリスと小指を結び、言葉少なく頷いた。







 けれど、エリスと俺が望んだ時が来ることは、二度となかったことをここに記したい。



○○○








 出会いを表す言葉に『イージーカムイージーゴー』なんて言葉があるそうだ。


 俺にはとてもそうだとは思えない。








○○○





「三人とも無事か?」


 入り口の方でやるせない表情で立ち尽くしている三人へと声をかけた。


「そっちに行くから待ってろ。ポータルまで結構距離があるからな、竜宮院は疲れたなら俺が担いでやる」


 俺がそう言ったとき、エリスが三人へと駆け出した。


 エリスの表情が目に入った。

 あの目、あの表情。

 記憶が甦る。



 バカな、違う、やめろ、なんでこんな────。



 膝を付き、己の聖剣を両手に掲げたエリス。


「勇者様、よろしければ不承この、エリス・グラディウスを勇者様の剣として───」


「!!!」


 声にならない声で俺は叫んだ。


 ─────こんなのは違う!


 俺は一足飛びで、彼らへの攻撃圏内へ近づいた。


 ─────何かの間違いだ!


 掲げられた聖剣を下から弾き飛ばす。


 ─────彼女達の高潔な魂を侮辱するな!


 俺は竜宮院の首を真一文字に切り飛ばした。


 舌を出した竜宮院の首がごろごろと転がった。

 一瞬唖然としたミカとアンジェはすぐさま悲鳴を上げた。


「ミカァ!!」


 震えるミカが「はい!」と返事をした。

 声を張り上げたのは、自分に俺の剣が向かないためか。


「死なないように回復してやれ!! こんな状態でもお前なら出来るだろう!!」


 ミカは世界有数のヒーラーだ。

 それくらい、訳もないだろう。


「はい! 回復を行いました!」


「俺が怖いか?」


 彼女は青褪めた表情で俯いた。

 みんなの前でこうまでしたのだ。

 もう、俺も戻ることは出来ない。


 自分でも自らの内に溜まった澱のように淀んだ感情に気付いてはいた。そいつが表に顔を出さないように、爆発しないようにと、ただ強引に蓋を閉めていただけだった。


「ミカ、《誓約魔法》を使えるな? それを行使しろ」


 俺は順に指を指し、


「対象は俺と竜宮院と、お前達の三人だ」


 細かな手順を伝える。

 ミカの唱えた《誓約魔法》に伴い、一つの光輝く天秤が現れた。


「俺がお前達に与えてやれる天秤の重りは命の重さ───《竜宮院をここで見逃す》だ。それに釣り合う天秤の重りとして俺はお前達四人に求めたいことがある」


 アンジェは血塗れの竜宮院の側で呆然としていた。

 虚ろな視線を、こちらに向けた。

 彼女達の視線に胸が引き裂かれる様な感情を覚えた。


「まずは、お前達三人はこれから《自分を大切にしなければならない》」


 これから彼女達に与える誓約は俺の独りよがりなものであり、以前のように戻って欲しいという俺のエゴに過ぎない。 


「アンジェは《魔法と自分に対して真摯であれ》」


 かつての彼女は誰よりも魔法が好きで、自分に対して正直であった。


 俺に怯えたミカは、必死に手の震えを抑えようと、青白くなるまで己の手を掴んだ。


「ミカには《これからもたくさんの人を救ってくれ》」


 かつての彼女は己を省みずに、貴賤分け隔てなく助ける慈愛の人であった。


 エリスは真っ青な顔で頭を押さえて泣いていた。


「エリスには《精進を忘れず勇者には剣を捧げない》だ」


 彼女はいつだって精進を心掛ける決して折れない誇り高き少女であり、決して勇者に剣を捧げるような人間ではない。


 この状況の原因となった俺の感情はただ一つ───彼女達の、いや違う、ここまできたらもう誤魔化すことはできない───俺の、俺の彼女達の高潔な魂を汚すな、だ。


 彼女達が変わったのか、変えられたのか。

 何がどうなったのか、俺は彼女達を信じれば良いのか、彼女達に裏切られたのか、いくら考えても答えは出なかった。


 俺の要求に何度もミカは頷いて、術式の施工と完了を急いだ。

 この術式が終われば、彼女達と顔を合わせることはもうないだろう。


 人は一人では生きていけないと言う。

 だけれど俺は思うのだ。

 人は、何も一人になりたくて一人になるわけではない。


 彼女達との思い出が、しゃぼんだまが浮き上がるように、いくつもいくつも、思い浮かんでは消え、浮かんでは消えていった。


 この感情は俺の独占欲の残骸であり、卑しさだった。


「か、完了いたしました……」


 震え声でそう告げたミカに背を向け、術式終了の合図と共に俺は、全てを絶ち切るように、その場から立ち去った。



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