第15話 失われたもの

○○○


 場所はどこまでも続くような荒野。

 月明かりと星空だけというのに不思議と視界は良好だった。


 俺達の前方からは、ぶぉんぶぉんぶぉんと大気を震わせる音が響き、強者だけが持つ圧倒的な気配を肌で感じた。


 たまげたなぁ。これはなかなか───


「なかなか、骨が折れるかもしれん」


 現れたモンスターは刃のモンスターだった。

 それもただの刃ではない聖剣や魔剣のたぐいだ。

 光輝く宝剣───それこそがその刃を形容するに相応しい言葉だった。


 手元を見る。《六本手の魔鬼シックスハンズソードヴァイスオーガ》が持っていた中で一番の業物だ。


 これで、あの宝剣の化物ばけものと戦えるのか……?

 一抹の不安が俺を襲った。



 現状戦闘の構えを崩さぬまま、けんに徹した俺達を嘲笑あざわらうように、ふよふよと浮かぶ宝剣は、ぶぉんぶぉんぶぉんと鳴動し、鳴動し、鳴響し、その光をさらに強く強く強く────発光が止まらねぇ─────!?


「エリス!! 俺の後ろに隠れろ」


 間に合うか!? 間に合わせてみせる!!


「アンジェェェェッッ!! ミカァァァァッッ!! 俺の後ろ──俺と敵との射線上に動けえええええええええ!! 速くしろ!! それから限界まで障壁を張れぇぇぇぇぇぇ!!」


 頼む俺の言うことを聞いてくれ!

 クソ! 足りない! 足りない! 足りない!

 間に合え! 間に合ってくれ!

 詠唱の短縮を! 全速での発動を!

 俺が焦りと恐怖を必死に抑え込みちょうど魔法を発動させるか否かで、そいつは放たれた。


 浮遊する宝剣からこれでもかというくらい極太なレーザーが射出されたのだ。


 ───《光忘却オブリビオン


 莫大なエネルギーの本流が俺達を飲み込んだ。





○○○




 一番目に潜った《鏡の迷宮》以来の危機だった。


 間一髪で《光忘却オブリビオン》を発動できた。

 対象の物体を別次元へと吹っ飛ばす俺の必殺技である《光忘却オブリビオン》───もしもこいつの発動が一瞬でも遅れていたら、全滅だった。


 後ろにエリスの息遣いを感じた。前に意識を向けたまま、エリスのさらに後方の気配を探る。

 《光忘却オブリビオン》の効果範囲でカバー仕切ることに成功しミカ達も無事だった。


「山田あああぁぁぁ! そんなガラクタ早く倒すんだ!!」


 戯れ言は聞き流し、思考しながらも、相手を伺う。

 一息つかせる暇なく後方のエリスから悲鳴にも似た声が上がった。


「師匠!ダンジョンボスって───一体じゃないんですか……!?」




○○○



 浮遊する宝剣の後方から現れたのは龍骨によって構成された剣士だった。

 ただし龍骨から成るとはいえ、の剣士の体格は俺と同等か、もしくは少し大きいほどで、それほどの大きさではなかった。けれど彼から発せられる圧倒的強者のみが持ち得る威圧感───剣気に俺は小さく息を飲んだ。


 嫌でも俺は理解させられた。

 この荒野の見渡す限りに突き刺さった数多の剣は、この地で散った剣士達の形見であり───墓標なのだ。


《龍骨剣士》は手の甲をこちらに向け俺達を挑発するようにくいくいと二度指を曲げた。

 表情の分からない彼がこちらを向いて笑った気がした。 


「こんにゃろ!」と俺が飛び出すと、エリスも俺について飛び出そうとしたが───、


「師匠!! 待ってください! 剣のボスが……!!」


 俺達二人がかりで《龍骨剣士》へと剣を振るおうとしたそのとき、ジャキジャキジャキと音をたて宝剣が変形を始めた。


 宝剣はあっという間に六枚の刃に分解されると、各々それぞれが意思を持ったかのように、恐るべき速度で俺を穿とうとその切っ先を向けミサイルよろしくぶっ飛んできた。


 咄嗟のことに「痛ッ!」と

 俺は避けきれずに頬に傷を負ったのだった。

 六枚の刃はそれぞれが独立して動き、さらには連携を取り、俺に小さくない傷を与え続けた。


「師匠ぉおおおあ!龍骨剣士は私に任せてくださーい!」


 そうだ、俺達は一人じゃない。

 俺達二人なら───


《龍骨剣士》に相対すべく前方へと飛び出したエリスを確認し、六枚刃の宝剣へ向かい地を蹴った瞬間、後方より大きな魔力の塊が発せられた。


 バババババ────と爆音を立てながら十や二十では利かない無数の火種と極小に圧縮された《初級魔法フレイム》が繋がり───弾けて───繋がり───まるで蛇のように、宝剣を燃やし尽くさんと襲いかかった。


 アンジェの固有魔法集|私の世界《ジ・ワン》の内の一つ《連鎖式チェインフレア》だ。


「やったか!?」

「やりました! 勇者様!」

「私だって負けてられません! 勇者様に尽くします! まぁ肩がこってますこと! ヒール!」

「おお、肩こりが!」



 これはあかんでぇ! 完全フラグやでぇ!

 しかもこの後強くなるタイプのやつやでぇ!!


 爆炎が晴れたあと、宝剣が姿を表した。

 刀身がギラリと輝いた。信じたくないことに全くの無傷だった。

 アンジェの起爆式魔法はそんじょそこらのボスモンスターならば一撃で葬れるほどに強力だ。ならば六枚刃の宝剣とは相性が悪かったのか?

 それともあるい───


 六枚刃の宝剣が一瞬光った。

 瞬間、俺は腹を貫かれていた。


「ぐぅぅぅ!」


 再度、宝剣が一瞬光った。

 ぞぶり、という感触とともに、


「があああああああ」


 俺の左腕が宙を舞った。





○○○



 久しく受けたことのないダメージだ。

 最近はポーションで何とかなるレベルの傷しか負っていなかった。

 ミカから受けられる約束の回復魔法───その一回目を受け、俺は再度戦線へと飛び出した。



 かつては満身創痍でも問題がなかった。

 ミカが俺を助けてくれていたからだ。


 六枚刃の宝剣の攻撃を、傷を負いながらも致命的な一撃を受けぬように捌きつつ、俺は先程のミカの俺に向ける無関心な瞳を思い返していた。


 そんなとき「邪魔よ! そこから離れなさい!」と再びアンジェより魔法が発せられた。


「《ナルカミ》!!」


 夜空の荒原に光が走り、バリバリバリバリという耳をつんざく音が響き渡った。


 以前、お互いに背中を預けて迷宮に潜った際にボスモンスターである《天使》をたったの一撃で消滅に追い込んだアンジェの切り札だった。


 けれどしかし、相手が滅びるか、彼女の魔力が切れるまで敵を襲い続けるはずのいかづちは、宝剣の気配を色濃く残した状態で、術式の制御を失い、積乱雲と共に虚空へと消失した。


嗚呼ああ」という嘆きが無意識に俺の口からこぼれ落ちた。

 その一方で彼らは喜びの声を上げていた。


「だから僕の言うとおりに魔法を撃てば良いって最初から言ってるだろアンジェ!! 倒したぞ!! 最強最悪のボスを僕が倒したんだ!! 見たか! 山田! これが俺の! 勇者の力だ!」


「やったわ勇者様! 勇者様のお陰よ!!」


 今回の《ナルカミ》は不十分だった。

 なぜ、術式のコントロールが甘かったのか。

 なぜ、今のアンジェにはそんなことすらわからないのか。

 以前の彼女ならばこんなことは──。


 彼女が血の滲むような努力の果てに到達した、その全てが、失われたような気がして俺の頬を涙が伝った。


 クッソ……! どうして……!


 そしてついに恐れていたことが起こった。

 浮遊した六枚刃の宝剣が、おもむろに刃を勇者パーティに向けたのだ。


 六枚刃の攻撃が彼らに向かないように必死にヘイト管理していたのに、竜宮院のお粗末な指揮のお陰でそれもこれも全てが水泡に帰した。



 宝剣の刃が一枚光った。


 瞬間、三人を守るミカの結界に傷が走った。


 宝剣の刃が二枚光った。


 ミカの多重結界の一枚が破れた。


 今度は宝剣が六枚、一斉に光った。


 ミカの結界が、一枚残らず消え去った。


 宝剣は、なおも明滅を繰り返す。


 ぶぉんぶぉんぶぉん────


 アンジェの《超複数断層氷結結界ミルフィーユ》に亀裂が走った。




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