08_ ホワイトダーク・ダイアモンドダスト Ⅴ




 ──『神』とは、古来より数多の意味を持った。


 全知全能の絶対者。

 宇宙の始まりにして万物を創造したモノ。

 聖四文字に代表される一神教の神。

 対して、八百万や汎霊説アニミズム

 ギリシャに北欧、インドに日本などで伝わる多神教圏では、『神』は実に多様性に富んだ。

 オリュンポスの十二神などを例に挙げると分かりやすいが、太陽神アポロン、愛と美のアフロディーテ、狩猟と純潔のアルテミスなど、神はその職分や権能によって、驚くほどの属性に分かれている。


 属性──概念と言い換えてもいい。


 では。


 霜天の牙。冬の獣。厳冬の化身。


 西洋では作物の実らぬ冬期を間近に控えると、農耕者は鎌を片手に作物を刈り取った。

 迫り来る冬を乗り越えるため、それは備えとして当然の行いだった。

 しかし、生命を守るために生命を刈り取る。

 死を予期するがゆえに死から逃れようとする。

 死神と聞いてパッと思い浮かぶイメージ像とは、実はそういったルーツをもとに輪郭を固定されている。


 鎌持ちの髑髏面Death Scythe Skull Face


 で、あるならば。


 仰々しくも獰猛な威容カタチを得て、巨大な牙をまるで人間の造りし凶器のように振り翳す獣とは。

 文明の礎たるを嫌い、翠緑の瞳で見据える先、生命あるすべてのモノを氷雪の剣山に縫い止めてしまえる権能とは。

 古代、剣歯虎はその生態において、特徴的な上顎犬歯の発達性から、獲物を咬み殺すのでなく、どちらかと言うと肉を裂き血を流すコト。

 言うなれば、相手を失血死させる方向に特化していたと考えられ、また、その牙は死体を切り裂くためにも使われ、死肉食性の獣であったとも云われた。

 古生物学的な正解がどちらだとしても、失血は体温の低下を招き、生命の熱を奪い、死肉を食らう様は否応なしに冥府の遣いを思い起こさせる。


 ──畢竟ひっきょう


 神の名、オドベヌス。

 それが意味するものとは、つまるところ、そんな神格でしかないのだろう。


(嗚呼、なんてつまらない)


 エメラルドグリーンの虎の瞳。

 体の中央を足元からグサリと刺し貫かれてはりつけになった俺は、不快げに歪むオドベヌスの双眸を敢えて嘆息混じりに見下ろした。


 決闘が開始され、最初の交錯。


 戦闘向きの権能など何一つ持たない俺と比べ、ステレオタイプでオーソドックス極まる『死神』オドベヌスは、こちらの想像をまったく裏切ることなく、実に華麗と言ってよいほど鮮やかに先手を奪った。

 目にも留まらぬ──というか、足元から生じたため実際視界にすら入っていない──意識外からの攻撃。

 つい最近、龍の國の狗畜生どもが同様の手段を以って殺戮されたのを目撃したばかりだが、実際に味わってみると、これはまた中々に回避のしようが無かった。

 少なくとも、地上に足を置いて縛られる生き物ではどうあっても逃れ難いだろう。


 あろうことに、オドベヌスは俺を含めた周囲一帯に向けて、何の躊躇も無しに権能を振るいやがった。


 おかげさまで、辺りにはおよそ半径10数km(?)くらいに渡る規模感で、氷雪の巨石筍せきじゅんが展開されている。

 木々は薙ぎ倒され、いたるところで地響きが谺響こだました。


 なぜ分かるのか。


 そりゃあ、森の身長を超えてグルリと地平線を見回せる高さまで突き上げられているんだから、間違いない。

 北の森ヴォラスってこんなに広かったんだね、という思いが胸裡を通過する。

 それとともに、かつて、オスマンを恐怖に戦かせたと云うワラキアの悪魔でだって、ここまでの絶景は築けなかったコトだろうとも。

 まぁ、あれはいささか時の権力者を誇張する面もあった伝説だろうが、にしても、串刺しの林は凄まじい。


 ──ともあれ、



「危ねぇなあ……テメェ、まさか、自分の信者が近くにいるの、忘れてんじゃねぇだろうな」


「黄金風情が……否、理に反する慮外者がッ!

 我が牙に触れておきながら、貴様なぜ未だ息をしていられる!?」


「怒りのあまり頭ん中真っ白か?

 古式ゆかしい死の神様は、本来、後発であるはずの文明がどうあっても許せねぇワケだ──笑わせる。

 いいことを教えてやるよ、オドベヌス。

 オマエなんて、所詮は原始の時代、未だ人の世界が直接的に自然と地続きであった頃、人間が技術とそれに相応しい社会を形成する以前にのみ脅威とされる打倒可能な存在に過ぎない。

 冬の厳しさも、獣の恐ろしさも、いずれ人々は文明の爛熟とともに忘れ去る」


「ッ」



 神として得た感慨というよりも、かつて人であった時分に獲得していた純粋な所感から、俺は嘲るようにオドベヌスへ吐き捨てた。


 神々の実在や亜人の存在。


 こうした相違点を鑑みるに、地球での歴史とこの世界の歴史がまったく同じ経路を辿るとは思っちゃいないが、人間がいて國という確かな社会基盤を構築している以上、多かれ少なかれいつかはそうなる。

 実際、プロゴノスの加護を得た龍の國では、文明の発展著しく、既に鉄器の生産にまで漕ぎ着け、末端の騎士でさえ貨幣の概念にすら理解を示したのだから、むしろ地球の歴史よりも早い段階でターニングポイントは到来するだろう。



「──ああ、そうか。そういうことか。だからオマエは、龍神を目の敵にしているんだな?」


「!! ──汚らわしい黄金がァッ!!」



 俺の嘲笑に、オドベヌスは激昂も顕に再度神威を爆発させた。

 風が加速し、大気中の水分が雪へ、雹へ、たちまちホワイトアウトを招き起こす。

 どうやら、今度は純粋な権能だけでなく、地の利をも活かすつもりらしい。


 俺は体を貫く霜柱を黄金に変えると、溶かすように形を崩しスルリと大地へ滑り降りた。


 空いた風穴は瞬時に肉が蠢き再生する。

 高次存在より与えられた不蝕不滅の肉体。

 仮にも同じ神による攻撃のためか、傷つかないはずの自慢の玉体であっても多少のダメージを得たようだったが、やはり状況を脱すれば何てことはない。すべては見せかけだけのコトに過ぎなかった。


 ──肉体は常に自分の意思で最高の状態に保たれ、生命活動に不可欠とされたあらゆる要素は、趣味嗜好と同じラインにまで引き下げられた。


 カタログスペックに偽りなし。

 次に俺は先ほどから発動させていた権能の効果を改めて再確認し、ルキアたちエルフが“閉塞打破”によりちゃんと守られているコトに頷いた。

 ホワイトアウトゆえの視界不良に陥ってしまって姿こそ見えないが、自分の権能が望み通りに効力を発揮している手応えくらいは感覚的に分かる。

 もちろん、一番大切なのはルキアの安否にこそ決まっているが、ルキアが大切にしている一族もきちんと守らなければ、彼女の心は守れない。


 あらゆる非道、あらゆる残酷さ。

 不当に貶められ無闇に消費されてきたすべての日々と別れを告げさせる。


 守ると言った。愛すると言った。


 ならば宣言通りに、世界の方をこそ捻じ曲げよう。


(オドベヌスが見境なしに権能を発動さえしなければ、本当なら初撃を食らうつもりもなかったけど──)


 なに、どうせ減るものではない。

 文字通り、痛くも痒くもないのだ。

 我が不死身、我が化身アバターは高次存在の一端を映す影。

 権能などとは、一段違う位相の代物である。


 だが、



「かと言って、いつまでもさせるままにしておくほど、俺の心は広くない。……根が卑俗だからなぁ、イライラするんだよ」



 ゆえに、



「雪よ、氷よ、水よ、風よ──吹き荒ぶ冬の仔らよ。

 汝らは死の遣い。汝らは時の巡りの中、絶えず嫌われる忌まわれ者なり。

 然れど汝ら、偽りなく必要なり。

 春芽吹く草木も、夏謳歌す鳥獣も、秋実る豊穣も、すべては汝ら冬告げる死なくして循環なく。

 我が手には黄金ありて。我が瞳には楽土の輝きありて。

 いついつまでも厳寒の荒れ野は辛かろう。

 不当な労苦を強い続ける主に従う道理などなし。しばし憩いの時だ──存分に微睡み、そして刮目しろ」



 黄金の楽土は、眩く輝く不夜の夢。

 朝昼夜、春夏秋冬、此岸と彼岸。

 人はいずれ、欲望のままに死すら遠ざけるだろう。


 ────“黄金楽土クリューソス・パラディソス





 ◇ ◇ ◇





 その光景は、まさしく『光』の絶景だった。


 氾濫したオドベヌスの怒り。

 大地より天を穿つが如く顕現した白き槍衾。

 ルキアたち雪の牙一族をも省みず、霜天の牙は遂に炸裂し、このヴォラスをも半ば破壊する域で神の激昂が北部大陸を間違いなく震撼させている。


 その憤怒はあまりにも烈しく、あまりにも深刻で、およそたったひとりを殺すためだけに注がれたとは到底思えぬほどの本気。



「────ぁ」



 ルキアは最初、死んだと確信した。


 そして、恐らくそれは他の一族の皆も同様で、これまで慎重に慎重に、決して怒りを買わないよう必死に苦心して接して来た努力が、あっという間もなく水泡に帰したのだとも。


 怒り狂う本物の神の恐怖。


 五年前に刻まれた古傷が疼くような錯覚さえし、ルキアは無意識の内に身を竦ませた──けれど。



(……………………あ、あれ?)



 想定していた恐怖いたみは無く。

 覚悟していた苦痛くやしさも無い。


 ルキアは無事だった。


 思い切って目蓋を開けてみると、そこは間違いなく白髏の地獄であったのに。

 耳を揺らし意識を傾ければ、同じように戸惑った様子の仲間たちの声が聞こえる。いったい、なぜ。

 湧き上がる疑問は当然のもの。

 しかし、近くでは依然としてオドベヌスの怒鳴るような唸り声。

 危機的状況は何一つとして変わっていない。



(そうだ、あの、ヒトは……!?)



 ヒト、と呼ぶことに少しの畏れ多さを感じながら、ルキアはハッ! と空を見上げた。

 オドベヌスの怒りが氾濫する直前、あの美しき女神はルキアへ向けて、なにかそう……とてつもなくとんでもないコトを口にしていた気がする。


(おれがまもろう、とか、おれがあいそう、とか)


 その真意は……ぜんぜん、まったくもってよく分からないが、ともあれ、今はそんなことを気にしている時ではない。

 同じ神とはいえ、オドベヌスは冷酷にして無慈悲の死神だ。

 黄金の女神が何を司っているのか、確かなところはルキアは何も知らないが、およそ死を司る神に対抗するには、相応の神格が必要だろう。

 単なる外見上のイメージとしても、片や獰悪な巨獣と片や絶世の美女だ。

 ありあまる獣の暴力の前で、女神の嫋やかなカラダはいとも容易く八つ裂かれてしまうように思われた。


 だが、ルキアの位置からは死角になっているのか、女神の姿は窺えない。

 そのうちに、地表から強く風が吹き始め(なぜか寒さや痛みを感じない)、聞き慣れたゴゥゴゥという風切り音がひっきりなしに耳朶へと届く。

 それどころか、地上を埋め尽くす霜柱に対し、あちこちから硬質且つ鈍い音が響き始めた。

 まともに衝突すれば大惨事を招きかねない雹の五月雨だ。


 紛うことなきオドベヌスの怒り──その発露。


 ……けれどそれは、つまるところ、あの女神が未だ存命である証でもあった。



(戦いが、まだ続いてるんだ……)



 胸中に満ちるのは純粋なる驚き。

 やはり神である以上、たとえどんな見かけをしていても侮ることはできないのだと、ルキアは実感を新たにした──でも。


 果たして、それもいつまで続くものだろう……?


 生まれてより一度たりともオドベヌスの支配下から逃れ出たコトのないルキアにとって、女神の言葉や行動は、ひょっとしたらと期待を感じざるを得ないものだ。

 だが、だからこそ、その期待を裏切られた時に生じてしまう、自らの裡の落胆、失意を警戒してしまう。


 世界は変わらない。


 白銀こそは闇。


 ホワイトアウトに慣れきった少女の絶望は、下手な希望を厭わしく感じてしまう、それほどまでに深い。


 なればこそ、突如として始まった驚天動地の決闘に、ルキアは膝を抱えてうずくまる。

 騎士として血の滲むような努力で研磨してきた己が武錬も、神の使徒として弁えてきたこれまでの忍耐も。

 何もかもすべて、すべてすべて──『神』の勝手でめちゃくちゃにされてしまうなら、こんな自分にいったいなんの意義があるのだろう?


 ──その瞬間、ルキアの中には神という全存在に対して、仄かな憎悪が種として撒かれる。


 ルキア自身も自覚はしない、それはとても、とても小さな叛逆の兆し。

























 ────なのに。



「我が手には黄金ありて。我が瞳には楽土の輝きありて。

 いついつまでも厳寒の荒れ野は辛かろう。

 不当な労苦を強い続ける主に従う道理などなし。しばし憩いの時だ──存分に微睡み、そして刮目しろ」



 其れは、『光』の叢蘭そうらんだった。


 咲き誇る生命の光。紡がれる開闢の唄。

 冷えきっていた黒白の大地が、凍てついていた絶界の大気が、無謬の白に染められていた闇の世界に、眩くばかりの金色・・を許してしまう天変地異。


 キラキラと、キラキラと。


 それはまるで、幼い頃に夢見た星の輝きのように吹雪を内側から



「──ぐ、ぬぅぅ……ッ、おのれ! おぉのぉれえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええ──ッ!!!!」



 オドベヌスの轟くような絶叫。

 と同時に、内側から爆ぜるように氷雪の風。

 雪の牙一族を、およそ百年近く虐げ続けてきた厳冬の権能。

 それがいま、まるで泡のように弾けて世界に散っていた。

 つい今しがた、あれだけヴォラスを破壊してのけた白き巨石筍も、今や嘘のように見当たらない。


 すべて消えた。


 あるのはただ、キラキラと大気を舞いそよぐ金色の燐光──



「────綺麗」



 ルキアは知らず、ほぅと見蕩れてしまっていた。

 先ほどまであった暗さなど、そこには露ほども残っていない。

 しかしこれは、いったい如何なる現象だろうか……?



「ダイアモンドダスト……?」



 湧き上がった素朴な疑問。

 それに答えるかのように、どこか遠くで、一族の誰かがポツリと呟くのが聞こえる。





 ◇ ◇ ◇





「──そう、ダイアモンドダスト。まさしく、言い得て妙だろうな。

 しかし残念なことに、これは本物のダイアモンドダストじゃない。

 ともすれば本物よりも美しいかもしれないが、ダイアモンドですらない紛い物だな」



 どこかから聞こえてきた素敵な感想に、俺は「なかなかいい表現だ」と頷きながら、滔々とうそぶいた。

 ダイアモンドダストとは、氷点下10℃の日。

 大気中の水蒸気が昇華し、氷の結晶となったものが、陽光を浴びてキラキラと光を反射させる気象現象を指す言葉。

 けれど、いまこうして目の前で燦々と降っているのは、氷の結晶などではなく、ダイアモンドでさえない別のもの。



「元は確かに氷の結晶──雪だったものだが、いまじゃぜーんぶ極小の黄金さ。

 金箔よりも薄っぺらで、まさに吹けば飛ぶような代物に過ぎないが、とはいえ、それでも元の量が量だ」



 北の森ヴォラスを半ば覆いかねないほどだった吹雪のすべて。

 それらを端から端、塗り替えるように黄金に変えていけば、支配権は自ずと俺へ移り変わる。

 後はただ、パチンと指を弾いて見せつけてやればいい。

 ひとつひとつは蝶の鱗粉のように不確かでも、広大な森を一色に染め上げてしまうほどの大質量。


 オドベヌスの権能が強大であればあるほどに、黄金の粉雪、細氷の数は膨大になった。


 俺は徐々に徐々に、それらをオドベヌスの遥か頭上へと掻き集める。



「どうだ? オドベヌス。俺はこの景色を心底から美しいと感じるが、オマエは何か感じ入るものがあったりするか?」



 返答はない。

 オドベヌスは牙を剥き出しにし、溢れんばかりの殺意を視線に乗せているが、彼我の実力差はすでに残酷なまでに明確だ。


 ──『神』とは、属性を帯びるがゆえに、己と相反する概念には敵わない。


 俺は黄金や文明を司り、オドベヌスは冬の死を司る。

 一見、相反するどころか何の関連性も無いように思える両者の根幹だが……忘れてもらっては困る。


 第一の権能、“黄金楽土”


 これは別に、万物をたかだか原子番号79の元素に変換するだけの権能などではない。

 その程度の権能でしかないのなら、俺はミダス王と何も変わらない。

 はじめに言った。


 ──黄金という概念。

 ──



「少し、簡単な講義の時間と行こうか。

 黄金とは、そも、長きに亘る人の歴史のなかで、いつだって特別な金属として見なされてきた」



 単なる珍しさに端を発する希少性。

 光り輝く美しい光沢。

 他の金属とは違い長い年月を経ても変化しない性質からは、不老不死とも関連付けられ神秘性を宿した。

 歴史を辿ればすぐに分かる。

 時の王たちはこぞって黄金を集めて身を着飾り、その不滅性と光輝にあやからんとしていた。

 どの地域でもそれは同じだった。

 黄金はそこから次第に、王権や絶対不変を意味する代名詞ともなっていく。



「オマエは死の神だった。

 けれど、俺は、黄金不死身の神だった。

 答え合わせをすれば、何とも申し訳なくなるくらい簡単で恐縮な話なんだが……要は、致命的なまでに相性が悪かったんだよ」



 無論、高次存在の化身アバター云々を差し引いたとしても、結末は変わらない。

 俺が黄金を司っている事実に変わりはなく、権能によってオドベヌスの権能を封じられるコトはたったいま立証されたばかり。

 この戦いは、決闘の体をなしただけの、端から獣狩りに他ならなかった。



「もちろん、そうは言っても神は神だ。

 もしかしたら、俺は思いも寄らない方法でアッサリと窮地へ追い込まれるかもしれない──それを警戒していなかったワケじゃないし、油断をしていたワケでもなかった。

 なにせ、俺はこれでも目覚めたばかりで、自分のチカラにいまいち確信が持てていなかったからな。半分くらいは賭けのつもりだったよ」



 幸い、その賭けには幸運にも勝つことができたようだ。



「俺が不死身のカイブツでなかったなら、オマエは問題なく勝てただろう。

 俺が文明を司るだけの神であったなら、オマエにも勝利する可能性はあったに違いない。

 文明とは、人が築き人が滅ぼすもの。

 終わりを内包する概念なら、死神であるオマエが勝てない道理は存在しない」



 だけど、最も見過ごしてならないのは、



「俺が北の森で目覚めず、どこか遠くの土地で、別の誰かに出会ってさえいれば、オマエはもう少しだけ、しかし確かに──生きていられた事実。

 ルキアの美しさを理解しないオマエには、ちと難しすぎる話だったか?」


「────気狂いめ」


「ハハッ、笑止千万だな」



 ヴォラスに舞うすべての黄金。

 俺はそれを、一斉にオドベヌスへ殺到させた。

 夢のような大質量、煌めく大瀑布──天より失墜。



「嗚呼」



 なんて、美しい。

 黄金に溺れて死ねるなら、それはきっと、天にも昇る夢心地のはずに違いなかった。



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