【カクヨムコン9】あなたのそばに、僕を。

豆ははこ

第1話 魔女と乳児

「そろそろ、か」


 ある王国の、深い深い森の中。

 その森には、魔女が住んでいた。


 誰よりも高い、魔力、知識、美貌。

 そんな魔女(魔術師もまた、魔女と呼ばれた)が森に居てくれるおかげで、王国は建国以来、大きな魔獣の害に悩まされたことがない。


 邪悪な魔獣達さえ、魔力を恐れ寄りつかぬ。そんな言い伝えもある。


 ただし、それには対価が必要。

 百年に一度、魔女に貢ぎものを。

 それが魔女のお気に召せば、魔女はまた百年、森に留まってくれるのだ。


 今年は、折しも、その百年目。


 魔女は、遣いの魔獣を待っていた。


「……戻ったか」

 魔獣の魔力の気配。


 魔女は、目線を向けた。


「さあ、何が届いた? 大量のきんか? たくさんの貴重な書物か?」


 魔女は、別に欲深いわけではない。

 金などは魔法で鉱脈を探して発掘すればよい。

 王宮、優秀な魔術師達が厳選した貢ぎもの。それが何か、ということに興味があった。純粋な、好奇心。


 森から離れた泉のほとり。

 王国とのやり取りの場所。


 魔女の代わりにそこに向かったのは、遣いの魔獣、魔羊。普通の羊の何十倍もの大きさに変化して、遣いをこなす。

 役目を果たし、黒いふわふわの羊毛に、たくさんのお宝をのせて帰ってきた……のだが。


「なんだ、これは」


 巨大化した魔羊の背中には、たくさんの金銀財宝。

 それだけではない。貴重な書物に、豪華な布、宝石……多種多様な財宝。多分、鮮度を保つ魔法が掛けられた食材なども。


 だが、魔女の見つめる先には。


『乳児ですねえ。男の子ですねえ。魔力がかなり多いですねえ』

 念話の語尾の、ねえ、は魔羊の特徴だ。

 名前も「ネエネエ」。大恩人、師匠たる先代の森の魔女が付けた誉れ高き名。


「魔力が……。まさか」


『ですねえ。魔女様のお弟子に、と、王国が気を利かせたのかもしれないですねえ。かなり強い保護魔法も掛けられてますし、元気な乳児。お腹も、服も、襁褓むつきも、きちんとされてましたねえ。予備もたくさん、ですねえ』


「まあ、確かに……」

 肌つやもよく、丸々としているし、魔力もよい波動だ。乳児の心身が健やかな証である。


「だからと言って、まだ私は201歳だぞ? 弟子を取るような年齢ではないのに……」

『先代様が魔女様を弟子にされたこと、魔女様が一人前になられたのでここを託されたことなど、人間は知りませんからねえ』

「……うむ」


 先代様は、つい前年、御年900歳で旅立たれた。正確な御年かは分からないが。「もしかしたら915歳くらいかもね」と仰っていた。


 先代様が、魔女を弟子にしたのは、魔女がまだ、ほんの20歳の頃である。

 180年の修業で、魔女は魔女と認められたのだ。


 そして、先代様は真の魔女になられた。


 弟子が一人前になった魔女、魔術師はその瞬間から、長い歳月、生きる時全てを自由に使えるようになるのだ。


 「来年、王国が何か貢ぎものを寄こしてくるからね。魔女になったお祝いに、全部あげるよ。取り引きの場所には代々の魔女、魔術師が魔力を注ぎ続けてる。危ないもの、魔女や魔術師の貢ぎものに相応しくないものは全部、王国に返っていくから。安心して、ネエネエを送るといいよ」

 そう言って、先代様は旅に出たのだ。ネエネエもその時に、魔女の専属魔獣として頂いた。


 魔女や魔術師になれたと同時に優秀な魔獣まで。破格の待遇である。先代様には感謝してもしきれない。


 ……先代様の仰ったことを思い返すと、やはり。


「つまり、この乳児は」


『魔女様に必要な御子だねえ』

 そういうことだ。


 そもそも、先代様から託された優秀な魔獣、魔羊ネエネエ。邪悪なものならば、連れて来ようはずもなかった。


「まあ、でも、とりあえず。この子の親とか、色々を確認させてもらおうか」

『ですねえ』


「はい、ごめんねえ。ちょっと記憶を……」


 何かをする訳ではない。

 ちょっと、記憶や色々を見せてもらうだけ。ネエネエの口調が移るくらいに、魔女には簡単な術だ。害など、全く存在しない。


 だが、記憶を見ていた魔女と、ネエネエは。


「……王国には」

『返せないですねえ』


 そう、言い合ったのだった。


 ※襁褓……おしめ。










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