真っ黒な瞳の誘い 〜彩芽の声は人形から〜
藤澤勇樹
第1話
深い霧が街を包んでいた朝、入社間もない後輩、菊池彩芽は緊張の面持ちで会社の扉をくぐった。
彼女は、その大人しさと薄紫がかった大きな瞳で、すぐに同僚たちの母性本能をくすぐった。
彼女の上司である私、浅野は、彼女が円滑に社内に溶け込めるよう細心の注意を払っていた。
ある日、彼女が私のデスクにぎこちない笑顔を浮かべて近づいてきた。
彼女の手には古びた木彫りの人形が握られていた。
「これ、見つけたんですけど、不気味でしょう?」
彼女は小さく呟いた。
私は、人形の古びたこげ茶色の服と、何かを語りかけるような真っ黒な瞳に一瞬で心を奪われた。
その人形はどこか、彩芽自身を映しているかのようだった。
◇◇◇
数日が過ぎ、彩芽は会社になじんできたように見えた。
だが、仕事の合間に彼女がこっそりと人形に話しかけているのを目撃することが増えた。
彼女の囁きは、愛おしむようでありながら、時には恐れるような、複雑な感情を含んでいた。
ある夜、残業をしていると、彩芽が突然絶叫し、倒れた。
駆け寄ると、彼女はまるで人形のように硬直し、動かなくなっていた。
私は、彼女を揺り起こそうとしたが、彼女の肌は冷たく、表情は木彫りの人形と同じように凍りついていた。
周りの同僚たちも彼女を心配して集まり、一斉に息をのんだ。
◇◇◇
翌朝、彩芽は何事もなかったかのように仕事をしていた。
しかし、彼女の様子は明らかにおかしかった。
彼女の動きは機械的で、感情はかき消え、会話は断片的で意味不明な言葉が多かった。
「私はちゃんとここにいるわ...人形じゃないもの」
と彼女はつぶやいた。
私たちは、彩芽が心の中で何かと戦っているのを感じ取った。
私は彼女に近づき、木彫りの人形について問いただしたが、彼女はただ黙って首を横に振るだけだった。
彼女のデスクには、あの人形が、いつも彩芽を見守るように鎮座していた。
◇◇◇
ついにある日、彩芽は消えた。
彼女の席には人形だけが残され、彩芽の声が聞こえるかのような、ほのかなつぶやきが空中に漂っていた。
「私はここにいる...でも、あなた方は私を見ることはできない...」
人形は彩芽の消失を語るかのように、その場にひっそりと佇んでいた。
同僚たちは、彩芽の失踪に憔悴し、会社は暗い雰囲気に包まれた。
今でも時々、私は彩芽の声が聞こえるような気がする。
人形の真っ黒な瞳が、彩芽の大きく澄んだ目を模しているように見える瞬間がある。
彩芽はまるで人形と一体になり、私たちの心に、永遠に生き続けているかのようだった。
「わたしは、まだここにいるのよ...」
彩芽の声が、木彫りの人形から漏れる...。
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■ この話の朗読を動画(YouTube)で聴きたい方はこちら
https://youtu.be/uzUQr137gSA?si=V2ibh9oSBuXu6f-C
真っ黒な瞳の誘い 〜彩芽の声は人形から〜 藤澤勇樹 @yuki_fujisawa
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