第83話 気をつけてください

 地面を調べると足跡がいくつも残っていた。人数は把握できないほどだが、形からして鉱夫たちのものである可能性が高い。敵兵はさほど多くないはずだ。全体的に状況は把握できたが、一個だけ不可解な点がある。


「人ではない跡が残ってますね」

「動物とかですか?」

「違います。見たことのない形で生き物のように見えますが、ちょっと違う……」

「魔物ですか?」

「そうかもしれませんが、違うかもしれません」


 汚染獣の可能性が高いと思っているが、憶測を言うわけにはいかないので口には出さなかった。大きさの問題で大型以上はここに入れないだろうし、調査を後回しにしても致命的なことにはならないだろう。今後の方針はアイラに選んでもらうか。


「正体不明の足跡は真ん中の通路に続き、休憩所は右側です。どちらを選びますか?」

「……私は先に休憩所を確認したいです。鉱夫の様子が気になりますし、主犯がいる可能性も高いので」


 当初の予定通りに進むと言うことか。この判断が間違いだとは思わない。


「わかりました。では引き続き私が先頭を歩きます」


 一呼吸置いて兵を睨みつける。


「後ろは任せたぞ。命に代えてもアイラ様を守れ。もし逃げ出したら地の果てまでも追い詰め、責任を取らせるからな」

「かしこまりました! 必ずお守りいたします!」


 あまり不正をしていない二人を選んだから性格は多少マシだろうが、念のために警告しておいた。このぐらい強く言っておけば、よほどのことがない限りアイラを見捨てることはないだろう。


「よし、それでは行こう」


 右側の通路を選んで進むと壁や地面に血痕がでてきた。


 制圧される際に死んだ人がいたのだ。多くは逃げようとした鉱山夫だろう。血の量からして全滅した可能性は高い。下手な希望は持たず、生き残りはいないと覚悟した方がよさそうだ。


 さらに奥へ進むと足音が聞こえてきた。


 ハンドサインで止まるように伝えると、俺は先行して様子を見に行く。


「警備だるいよなぁ。交代したくねぇー」

「わかる。昼寝でもしようぜ」

「バレたらボスに殺されるぞ」


 会話が聞こえたのと同時に男の姿が見えた。人数は三人。皮の胸当てと剣という武装だ。鉱夫には見えない。


 数秒すれば向こうも俺に気づくだろう。先手必勝である。


 魔力で身体能力を強化して槍を投擲する。先頭を歩いている男の頭を貫き、後ろにいるヤツの胸にも当たった。無事なのは一人だけ。


「大丈夫かッ!」


 襲われたのに味方を見て安否確認している未熟な男に向かって跳躍すると、回り蹴りを側頭部に当てた。


 脳が揺さぶられて膝をついので、着地してから顔面に膝蹴りをくらわせ、後ろに回り込んで首を絞める。俺の腕を掴んで抜け出そうとするが力は入ってない。すぐに意識を失って白目をむいて涎を垂らしので、そのまま首の骨をへし折った。


 男を投げ捨てると、胸に刺さったままの槍を持つ。


「おまえ……だれ……」


 一人目は即死したけど後ろにいた方は、かろうじて生きているようだが、出血が多いのでもうすぐ死ぬだろう。尋問する時間はない。


「ヴォルデンク家の者だよ。ルビー鉱山を返してもらうために来た」

「返り討ちに……ガハッ」


 喋っている途中で槍を引き抜いて即座に喉を突き刺した。叫び声すら上げられずに死ぬ。


 ハンドサインで安全になったと伝えると四人が来た。


 無言で死体を見ている。ベラトリックスは変わらないがアイラたちの顔色は悪い。見慣れてないのだろう。


「そろそろ敵に気づかれます。急ぎましょう」


 黙って付いてきてくれているので、心をケアするのは後回しにして歩き出す。先ほどのように敵兵と出会うことはなかったが鉱夫も見当たらない。


 妙に静かだな。敵を倒し尽くしたのだろうか。


 しばらくして右側の壁に鉄製ドアを発見した。見せてもらった地図が正しければ、あの先は休憩室だ。


 ドアに耳を当てて見るが音はしない。


「中の様子はわかりそうですか?」


 首を横に振る。


「ドアが分厚いのか、物音すら聞こえません。突入します」

「気をつけてください」


 ぐっと親指をあげてからドアを開き中を見る。


 二段ベッドが二列に並んでいて合計二十個ある。寝ている人はいない。起きているのは三人だ。全員男で武装している。こいつらも鉱夫ではなさそうだ。やはり全滅したようだ。


「敵かッ!」


 先ほどの兵より反応が良い。男の一人が首にぶら下がっている笛を口に付けたが音はしていない。慌てて失敗したのか?


 残りは、こちらに向かって剣を抜いて走ってきている。


『アイスランス』


 俺の背後からベラトリックスが魔法を使った。氷で作られた槍が敵に殺到する。走っていた二人は横に飛んで避けたが、二発目、三発目の魔法までは対応できず、剣で氷の槍を叩き落とそうとしたが失敗して腹や胸、頭に突き刺さってしまった。


 笛を吹いていた男は魔法が使えたみたいで前面に『シールド』を展開し、氷の槍を防いでいる。


 能力は高めだ。捨て駒じゃないように見える。少し話が聞きたい。


 手を上げてベラトリックスの魔法を止めると話しかけることにした。


「お前がここのボスか?」

「だとしたら、どうするつもりだ」


 警戒しながらも会話に乗ってきた。


 増援の警戒は兵の二人とベラトリックスに任せて、ルビー鉱山を占拠した犯人の情報を集めることにしよう。

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