第74話 俺が間違っていた
領主代理として裁判を行い、領民に対して不当な暴力を振るっていた兵を見せしめとして鞭打ちにして牢へぶち込むことで、使用人たちの緊張感が良い意味で高まった。
今までは舐められていたのだが、畏れるようになったのだ。
好き勝手すれば次は自分の番だ。
そう思ったら気軽に不正なんてできない。
また給金を増やしたことによって領内で最も美味しい仕事と受け取られるようになり、リスクに対してリターンが見合わなくなっている。小銭を稼げても職を失ったら意味がないというのが、使用人たちの共通見解だ。例外はメイド長のイレーゼぐらいだろう。
飴と鞭の両方を使い内部の引き締めは充分である。
減った分の人材を補充しているので新しい血も入っているから、今までとは違う空気になった。
結局の所、人というのは他人の影響を受けやすい。トップが変われば職場の雰囲気、文化というのも変わるものなのだ。
ヴォルデンク男爵が目覚めたら元に戻ってしまうかもしれないが、あと数ヶ月もしたら衰弱死するだろうから、その心配もなかった。
* * *
アイラの護衛は合流したヴァリィとベラトリックスに任せて、休暇をもらった俺は町を歩き回っている。見学ついでに巡回しているのだ。
丁寧に見て回っているがバドロフ子爵が仕掛けている様子はなく、特に変化はない。兵士の横暴もなくなったので平和そのものだ。
果物を買うついでに領地の評判を聞いてみたがアイラは高く評価されている。直接言われることはなかったが、男爵はこのまま死んでもらって正式に領地を受け継いで欲しい。これが領民の総意である。使用人たちも同様だろう。
適当にご飯を食べて店を出ると周囲は暗くなっていた。
今日は一日、調査をすると決めているのでまだ屋敷には戻らない。裏路地に入って人気の少ない場所まで行くと、薄着の女性が立っているエリアに来た。
一部では花街と呼ばれている。
女性に声をかけて料金交渉してから、いかがわしいことができるのだ。物陰に隠れてヤる場合もあれば宿にお持ち帰りすることもある。交渉した男次第で場所は変わる夢のような場所だった。
「三枚でどうだ?」
「五枚。それ以下は認めない」
「わかった。それでいい」
交渉がまとまったのか近くにいた女性が男を連れて建物の裏に行った。
しばらくして喘ぎ声が聞こえてくる。
甘く、とろけるような声が耳から入って脳を刺激して期待に胸が高まる。
いくか。
町の様子を確認するついでに卒業するだけだ。何の問題はない。
道をゆっくりと歩き、端っこに立っている女性たちを見た。
上は胸をタオルで巻いただけの姿だ。下は短いスカート。普通は、はしたないと言われて眉をひそめる格好ではあるが、この場では正しい装いである。香水をたっぷり付けているので甘い香りが鼻孔、そして下半身や本能をくすぐってくる。俺の息子は自然とヤル気をだしていた。
ついに女遊びの第一歩が踏み出せるのだ。
ワクワクしてきた。
通路を三往復して、可愛らしい赤く短い髪をした女性に近づいて声をかけようとする。
「ごめん。私ちょっと無理」
交渉前に断られてしまった。愛想笑いすらしてくれない。逃げるようにして去って行く。
娼館のお姉さんたちに冷たくされたことを思い出してしまった。
俺ってそんな変な顔しているか?
悪くはないと思うんだけど。
身なりも清潔にしているし、近くに居る男には絶対負けていない。その自信はある。
交渉前だったんだから金払いは関係ないだろう。
逃げられてしまった原因がまったくわからず。困惑してしまうが、悩んでいても仕方がない。次に行くまでだ。
「よし、頑張るぞ」
「何を頑張るんですか?」
この場にいないはずの声が聞こえた。
外れててくれと願いながら後ろを向く。ニコニコしているトエーリエがいた。
木の杖を持っていて、強く握りしめている。
汚染獣だって逃げ出すほどの迫力を感じた。
「いや、これはだな……違うんだ」
「何が違うんですか?」
一歩前に踏み込んできた。
距離が近い。
「その……町の巡回で……」
「で、三周したと」
最初から見てたのかッ!!
女性に声をかけたところも知っているだろう。
汗がダラダラと流れ出ていくる。
婚姻前に性的な関係を持つことに嫌悪感を持っているトエーリエは、こういった類いの話には厳しい。
「今はどんなときか分かっているんですか? いつ攻撃が来るか分からないので、遊んでいる暇なんてありません。油断したら守りたい者も守れないんですよ」
正論を叩きつけられて何も言えない。
不正問題が解決して気が緩んでいたのは間違いないのだから。女遊びするならアイラの問題が片付いた後にするべきだろう。
「すまない。俺が間違っていた」
「良いんです。謝らないでください」
先ほどから感じていた強いプレッシャーが霧散した。トエーリエは俺と腕を組むと、引っ張っていく。
「一緒に町を巡回しましょう」
恋人っぽく見せれば自然に巡回できるか。
夜の方が危ないので歩き回る意味はあるだろう。
「トエーリエお嬢様に提案されたら断れません。一緒に見て回りましょう」
「ふふ。こういうのも良いですね」
久々に貴族の令嬢っぽい扱いをしたら喜んでくれた。
周囲にいる男から恨むような目で見られながら、夜の巡回をしてから屋敷へ戻ることにした。
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