第71話 ロイドを呼びましょう

 領民に暴力を振るおうとした兵士を部屋に軟禁し、監視役としてテレサを置いた。動きがあれば鎮圧してくれるだろう。


 今回の事件について処分を決めるため、俺たちは執務室に戻る。


 アイラは強いショックを受けているようで疲れた顔をしながらも、当主用の椅子に座ったので、俺は現在の見解を述べることにした。


「想像していた以上にヴォルデンク家は危うい状況です。様子見の計画は修正しなければいけません。ルビー鉱山だけじゃなく領地全体が守れなくなります。内部崩壊しますよ」


 考えは間違ってはないという確信がある。


 過去に貴族や兵の横暴に耐えきれず、反乱を起こした町や村を何度も見たことがあるからだ。


 村人だけであれば鎮圧して終わるが、町ぐらいの規模になると冒険者が手助けをして貴族を処刑することもある。その後、王家や他貴族の軍に鎮圧されるか、もしくは新しい貴族として認められるかは、状況によって変わるが……多くの血が流れるのは共通している。


 人類の敵である汚染獣がいるのに、身内で争うなんてバカらしい。


 最低だ。


 ヴォルデンク家の崩壊は、なんとしても避けなければいけない事態である。


「不正をした人たちは全員処刑しますか?」

「使用人と兵が全員いなくなってしまいます。おすすめしません」

「厳重注意して終わらせて、変わってもらうとか……?」

「口だけでわかってくれるのであればメイドを捕まえた時に変わっています。今も不正をしているヤツらは、もっと残酷な見せしめをしないと止まらないかと」


 今も全員が不正をしているとは思わないが、多くは変わらない日々を過ごしているだろう。


 領主に手を出さなければメイドみたいに捕まらないと、貴族をバカにしているのだ。


 ヴォルデンク男爵が不正を見逃していた責任は重い。


 毒で倒れてなければ、この俺が殴って意識を変えさせていただろう。


「どうすれば良いのでしょうか……」

「まず今回騒動を起こした兵士たちは、領民への不当な暴力、窃盗、貴族への暴言といった理由で牢に入れましょう。すぐさま処刑コースにしてもいいのですが、それじゃ見せしめとしては弱い。二人を鞭打ちの刑にしましょう。手順としてはアイラ様が十回ほど鞭打ちをして、その後に兵や使用人たちに全員にもやらせます」


 鞭を振るって肉を削り、悲鳴を聞かせるのだ。

 もし不正がバレたら自分も同じ目になるというリアルな情景が目に焼き付いてくれることだろう。


「すべてが終わってから不正は許さないと宣言し、兵は十年ほど牢にぶち込みましょうか」

「結局、生かすんですか?」

「いえ。そんなことはありません。手当なんてしないので数日で死ぬはずです。早ければ鞭打ちの途中で死ぬかもしれませんね」


 単純に処刑するよりも酷い罰だとわかり、アイラは納得したようだ。


「死体処理は兵にやらせれば、さすがに次は自分だと理解してくれるはずです。割に合わないと、手を引いてくれることでしょう」


 ここまでやってようやく、当主代理が本気で方針を変えたと伝わるだろう。


 過去については不問にすることで、まだ倫理観が残っているヤツらは戻ってこれるだろう。それでも不正をするなら、同じような罰を何度も与えるだけだ。


「わかりました。すぐに動いた方が良いですよね?」

「もちろんです」

「では、ロイドを呼びましょう。今回の事件と処罰について話したいと思います」


 ヴォルデンク家にいる唯一の従士の名前だ。


 雇っている兵のとりまとめをしている。


 デスクに置かれている呼び鈴を持ったアイラが小さく揺らす。


 ちりんと澄んだ音が響くと、しばらくして通路の方から騒がしくなり、いきなりドアが開いた。


 革鎧を着ていて腰に剣をぶら下げた背の高い男が大股で入ってくる。


「何の用でしょうか?」


 領主代理という立場の女性に対して、めんどくさそうな顔をしていた。


 許可を得ることなく入室したころから、雇い主に対する敬意がないとわかる。横柄な態度だ。


 どうやら頭から腐っていたみたいだな。


「先ほど町を視察していたのですが、商品を盗み取ろうとした上に、領民を傷つけようとした兵が二人いたので鞭打ちした後、牢へ入れます」


 ロイドの顔を見ると苛立っているように見えた。


 バレないよう、すぐ動ける体勢を取る。


「なるほど……もちろん鞭は手加減され、終わった後は手当はされるのですよね?」


 一歩前に進んでアイラに近づきやがった。


 小娘だと侮っていたのだろうが、何度も危ない目にあってきたんだから、この程度で怯えるほど弱くはない。


 ちらっとアイラがこちらに視線を向けたので軽くうなずく。


 俺がついているから安心しろと伝えた。


「しません」

「それは、承服できねぇなぁ。旦那様が倒れたからって好き放題しすぎじゃねぇか?」


 大きく一歩前にでると、ロイドはデスクを叩いた。顔をアイラに近づける。


 貴族に対する態度ではない。


 いつでも動けるよう気づかれないように体勢を変え、槍を持つ手に力を入れる。


「当主代理として不正は見逃せません。この場に父がいても同じ判断をしていたことでしょう」

「そう思っているのは、お嬢ちゃんだけじゃないのか?」

「さぁどうでしょうか。目覚めたときにどちらが正しいのか聞いてみましょう」

「なら、それまで処罰は保留ってことでいいな」

「よくありません。彼らの処分は当主代理として私が即刻行います」

「調子に乗るなよっ!」


 拳を振り上げたので、槍の穂先を顎に突きつける。


「調子に乗っているのはお前だ。主に向かって暴力を振るうことは許されない」

「お前ッ! ……新しい護衛か」


 無駄なことは言わない。この場の主役はアイラなので黙って睨みつける。


「先ほどの発言は貴族に対する侮辱罪として、この場でロイドも鞭打ちにしてもよろしいのですよ?」

「……ッ!?」


 気弱な貴族令嬢だと思って甘く見ていたのだろう。ロイドは驚き固まっている。


 森の中で過ごした時間は短かったが、彼女を大きく成長させるきっかけになったようだ。胆力が備わっているので、脅しに屈することはない。


 俺という護衛がいる安心感もあって強気に出ている。


 不正と戦う領主としての輝きを放ち始めていた。

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