第70話 一緒に食べますか?

 情報共有が終わった後、光教会を出て当初の予定通り町の地理を把握するために散策している。


 トエーリエも一緒に来たがっていたが、ベラトリックスたちと合流しなければいけないため涙を流しながら離れていったのが印象的だった。


 俺の左側には帽子で顔を隠しているアイラがいて、平民っぽい服装をしているので違和感はない。気になるのは右側にいるテレサだ。修道服が非常に目立っている。特に弓を背負っていて、特別な存在だというのが一目で分かる。注目を集めていた。


 この町の中心にヴォルデンク家の屋敷があり、上下左右にメインストリートが作られている。自然と四つのブロックができるので、鍛冶等をする職人エリアが一つ、住民と市場が使うエリアが二つ、冒険者や傭兵といった粗暴な人の集まるエリアが一つといった用途別に棲み分けされている。


 今は住民たちが使うエリアのメインストリートに来ていた。左右には飲食や服、雑貨などを売っている店が多い。他にも奴隷販売所らしきものまであった。


「この先に、有名なレストランがあるんです。一緒に食べますか?」


 領地をよく知ってもらいたいという気持ちがあるのだろう。


 有名なスポットに着くとアイラは積極的に教えてくれている。


「味は気になりますが、先に仕事を終わらせましょう」


 興味ある話ではあるが先に住民たちの様子を確認したい。


 店には入らずメインストリートを歩き続ける。


 特にトラブルが起きているような気配はなく、裏通りを見ても不審者はいない。


 前回バドロフ子爵が攻撃を仕掛けてきたとき真っ先にこのエリアの治安が悪化したらしいので、今のところは手を出されてないと見て良いだろう。


 だがまったく問題ない、というわけではない。


 露天商で果実を買うついでに雑談をしたのだが、治安を維持するために巡回している兵の評判がすこぶるわるいのだ。


 横柄な態度をとり、時には暴力を振るうこともあるらしい。住民には嫌われている。


 この事実にアイラは気づいてなかったようで大きなショックを受けていたようだ。


 隠し事の多い父親だな。せめて娘には正直に話せよ。

 

「それ以上、文句を言うなら牢屋にぶち込むぞ!!」


 声がした方を見る。屋台の前に兵士が二人いた。金がない時代の装備を続けているのか革鎧にショートソードという貧素な見た目だ。


 彼らは店主である気が強そうな女性を囲んでいる。


 話を聞いたばかりで兵の横暴を目にするとは……。


 不正した人たちの処罰を断念したことで、この程度は許されるとか思っているのだろう。穏便に済まそうとして俺たちの気持ちを踏みにじりやがって。


 メイド一人だけでは、見せしめとしては足りなかったようだ。


「金を払わずに飯を食べようとしたあんたらが悪いっ! そんなこと許されるわけないだろ!」

「俺たちはな、町の治安を守ってるんだよ! その見返りをもらっているだけだ! これ以上文句を言うなら牢へぶちこむぞ!」


 賭け事をしているだけじゃなく、無実の民を牢に入れるようなことまでしているのか。


 さすがにこれはヤバイ。思っていた以上に状況は悪く、バドロフ子爵が手を出さなくても自滅してしまいそうだ。


「昔からそんなこと言っているけど、いざってときには逃げ出したじゃないか! 役立たずが!」

「お前ーーーーッ!」


 腰にぶら下がっている剣に手を乗せた。


 激高していて周囲が見えないようだ。


「止めに行きます」


 帽子をかぶったままのアイラがうなずいた。


 手遅れになる直前で飛び出し、剣を抜きかけている兵の手を押さえ、足をかけて転倒させる。


「てめぇ! 俺たちが……がはッ」


 残った兵が叫んでいる途中で喉をつく。相手は油断していたので指一本でもかなり痛みを感じているようだ。


 目に涙を溜め、手で抑えている。


 倒れている兵の胸を踏みつけ、もう一方に槍を突きつける。


「お前は……あの護衛か……」


 俺の顔を知っているようで余計な自己紹介はせずにすんだ。


「町を守る兵が住民を攻撃しようとしてどうする? この件は報告するぞ」

「俺たちは正しいことをしている。報告をしてもお前が投獄されるだけだ。今なら見逃すから手を引け」


 言い分を信じるのであれば、ヴォルデンク男爵も認めている行為なのか?


 不正が当然の権利だと考えていることに腹が立ってきた。


「腐っていやがる」


 守るべき者を虐げるなんて許せない。


 腹の底から怒りが湧いてくる。


「ひぃ……」


 抑えきれなかった殺気が漏れてしまったようだ。


 槍を突きつけていた兵の顔が青ざめている。


「ヴォルデンク家が兵士の横暴を認めていると言いたいんですか? それは聞き捨てなりませんね」


 見守っていたアイラが俺の後ろに立った。


 帽子を取って素顔を露わにすると、兵士は息を呑んだ。顔色がさらに悪くなっていく。


「どうやら、あなたたちには正しい教育が必要なようですね」

「待ってください! 誤解されております!」

「言い訳は屋敷で聞きましょう」


 冷たく拒絶すると、アイラは俺を見た。


「ヴォルデンク当主代理として宣言します。罪のない住民に無法を働く者は誰であっても許しません。二人を無力化して、屋敷に連れて行きなさい」

「かしこまりました」


 こうなったらもう抵抗しないだろう。足をどけてアイラを後ろに下げる。


 倒れていた兵が起き上がった。


「屋敷に戻るぞ」


 俺の言葉には従わずに剣を抜きやがった。


 自暴自棄になったのだろう。


 馬鹿な選択をしたものだ。

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