第20話 雨の声
「推理が相反していたことから犯人が偽の証拠を作ったんです」
「偽の証拠か、それなら二つの推理が出た理由になるね」
「相反する推理を示す証拠がある場合、どちらかが本物の証拠で、もう片方は偽物です。なぜなら犯人は二つの相反する証拠を見つかるかもしれない中、作るとは思えないからです」
俺はマグカップを見た。一つは結露が付いてないことから水の入れ替えを、もう一つは底についた煤から服に付着したと推理した。このどちらかが意図的なものになる。
「煤が滲んでいたのが重要です。煤が偽の証拠の場合、煤を付いたか確認するため、もし滲んでいたら水が付いていたことがわかるはずです。そのため、水の入れ替えの証拠となる滲みを消して再度付け直すはずです。でも煤は滲んでいた。これは矛盾します。つまり、偽の証拠は結露が付いていないことで、煤が本物の証拠です」
俺は深呼吸して息を整えて、
「煤の推理から疑問点を洗い出してみましょう。それで真実が明らかになります」
被害者の手を見た。
「なぜ被害者の手についていたであろう煤を被害者自身がハンカチで拭わなかったのか?」
暖炉を見た。
「被害者の手に煤が付いていたから被害者は暖炉を探っていたんです。ではなぜ暖炉を探っていたのか?」
窓の外の嵐を見た。
「なぜ被害者は嵐の最中に殺されたのか?」
「わからねぇ、どういうことだ?」
「煤を拭わなかったのはそれが大切なものだったからです。それは普通の煤ではなかった。そして松崎さんは妻と息子を探していた」
「まさか!?」
江口さんも真相にたどり着いたのか絶句していた。
「暖炉に付いていた煤は恭子さんと流星くんの遺灰だったんです」
「そんな馬鹿な!?」
「俺も考えた当初はありえないことだと思いました。しかし、松崎さんは暖炉を探っていた。今日のこの嵐の中、たまたま暖炉には恭子さんと流星くんがいた痕跡を示す証拠が残されていたんです」
「今見ても何も変化はないけど」
「はい、見かけ上はそうです。ただ犯行前と比べて変わっている点がこの部屋の中にあります」
俺は窓に歩み寄り、
「窓ガラスが割れたことによってこの部屋の中は今でも嵐の音が聞こえます。もし、音を隠すために窓ガラスが犯人によって意図的に割られたとしたらどうですか?」
江口さんが部屋にあったガムテープを手渡してきた。俺はそれで窓を塞ぐ。
みんなが耳を澄ませると、それは聞こえてきた。ポタンと水の反響する音、それは暖炉からだった。
「雨音はするのに暖炉は雨漏りしてない……」
美弥が呟いて俺を見てきた。
「地下に煙突が枝分かれて繋がっているんだ。このペンションには地下がある。おかしいとは思いませんか? 熊さんは電源のある部屋は全て案内してくれた。しかし地下はなかった」
「どういうことですか熊さん?」
江口さんが熊さんに咎めるように視線を向ける。
「話せませんか? そこには暖炉、いや焼却炉があるんですよね」
熊さんは答えられずに青ざめていた。
「何を馬鹿なことを」
「地下の秘密の部屋の焼却炉と恭子さんと流星くんの見つからない遺体、ここまで来れば後は普通に想像できる。秘密の部屋は人の遺体を焼却する部屋だったんです。父親の松崎さんも音が気になって調べたんでしょう。そして、松崎さんも同じ真実にたどり着いた。二人の遺灰が混じっているかもしれない煤なら拭けない!」
みんなの視線が熊さんに向けられる。
「真実を知って困るのはこの場では一人だけ、オーナーの熊さんです。熊さんがこの部屋で松崎さんに遭遇または松崎さんが呼びつけて、熊さんによって口封じに殺されたんです」
妻と子の死を知って何もできずに殺されてしまった松崎さんは無念だっただろう。俺は熊さんを睨んだ。
熊さんは逃げた。
「逃げるんじゃねぇ」
恩田さんが後を追う。
俺たちも二人の後に続く。二人が進んだ先には遊戯室がある。二人を追って室内に入ると、恩田さんは手を挙げていた。そして熊さんは猟銃を構えている。その隣には棚がスライドし、地下への階段があった。
「おっと、室内に入って手を挙げてくれないかな」
それは温厚な声ではなく。鋭い声だった。
俺たちは手を挙げる。熊さんが入り口の方を塞ぎ、俺たちは手を挙げたまま、ビリヤード台を回り、先ほど熊さんがいたところに向かう。
「恭子たちを殺したのか?」
江口さんの声が震える。
「あの親子連れは仕方なかったんだ。忘れ物があるというのでここに戻ってきてしまった。そのとき、遺体を運んでいたんだよ。それを彼女が見てしまった」
「流星くんも殺したの?」
熊さんは頷いた。中原さんたちから声が漏れる。
「そうだな、ここで一人ずつ殺してもいいが、血痕や銃痕が残るからなぁ」
熊さんがドアを閉めると同時に、恩田さんがビリヤード台を蹴飛ばした。ビリヤード台は銃から俺たちを守るような形で立ち上がる。
「地下に入れ!」
恩田さんの大声に俺たちは地下に逃げた。最後となった恩田さんは扉を閉めて鍵をかける。するとドンドンというドアを叩く音が聞こえてきた。
「何か塞ぐものはねぇか?」
「これを使って!」
中原さんが持ってきてくれたのは台だった。それを扉の前に置くとちょうど、ドアを開くのを塞ぐ大きさだった。
俺たちは地下に退避した。
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