第18話 殺人事件

「いやぁ!」


 江口さんにチェスの指導を受けていると、女性の悲鳴が聞こえた。声の方に駆けつけると、リビングルーム前で美弥が座り込んでいた。俺たちを見ると、口はわなわなと震えてドアの方を指さす。


 リビングルームでは男性が殺されていた。遺体は後から来た松崎という男性だった。犯人と争ったのかキャビネットに置いてあったものは落ちて、窓ガラスの一部が割れ、嵐が部屋に吹き込んでいる。


「殺されたの?」

「他殺だろうね。首に索条痕がある」


 松崎さんの首には真っ赤な手の跡が付いていた。おそらく手で首を絞められたんだろう。松崎さんの横のテーブルには一つだけマグカップが置かれていた。中には水だろうか? 透明の液体が入っている。


「この人どこかで……」

 中原さんが被害者を見て首を捻っていた。


「俺は刑事だ。誰も触るんじゃねぇ」

 恩田さんのその言葉に俺たちは驚いた。


「それは本当よ」

「あぁ、僕たちが保証しよう」


 恩田さんは遺体の脈を取ったが、首を横に振った。


「ダメだ。電話が通じない」

 そう駆け込んできた熊さんの言葉に俺たちは動揺して携帯電話をかけたが、なぜか電波が入らなかった。

「昼間は使えたはずなのにどうして?」

「携帯ジャマーさ」


 携帯ジャマー、聞いたことがある。携帯電話の電波を妨害する電波を流すことで携帯電話の電波が入らないようにする機械のことだ。


「それなら、この建物内の可能性が高いぞ」


 熊さんが案内し、一階と二階の各部屋の電源を探したがそれらしいものはなかった。


「こうなると車かもしれないね。それか別の別荘か?」


 この近辺には別荘が立てられているが、この嵐の中探すのは難しい。


「でも誰が何のために」

「決まっている犯人さ。さらに犠牲者を出すつもりだろうね」


「警察に連絡もつかなくて外は嵐で孤立状態です。自分たちで調べた方がいいのでは? 犯人がまだ他の人を狙っている可能性もあります」

 俺は思っていることを提案する。


 恩田さんは悩んでいたが、

「それは一理あるな、熊さん、ゴム手袋みたいなものはねぇか?」


 恩田さんは熊さんから受け取ったゴム手袋を使って調べていくと、松崎さんのポケットには綺麗なハンカチが入っていることがわかった。


「ん、何か、底に黒い跡が付いているな」

 恩田さんがテーブルのマグカップを持ち上げて見せてくれる。


 そこには黒く滲んだものが付いていた。


「暖炉の煤みたいですね」

「だな。他に黒っぽいものはこの部屋にはないようだ」


 この部屋には暖炉が置かれていた。雪の降る冬場ではよく使われているらしい。


「亡くなった松崎さんを最後に見た人はいませんか?」

 

 と聞いたが、五十分前に浴場に向かった中原さんが一階に下りてきてリビングルームに入る松崎さんを目撃したのが最後だった。


「その間にアリバイのある人はいませんか?」


 俺の問いに答えた人はいなかった。中原さんと美弥は入れ違いに浴室でお風呂に入っていたようだし、恩田さんは自室で寝ていたそうだ。熊さんは厨房で食事の準備、俺も江口さんにダイニングでチェスを教わったのは十五分前だったので、俺たち二人もアリバイはない。


「この部屋は確か、清掃中になっていましたよね」


 美弥の言葉にみんなの視線が熊さんに向けられる。彼女の話によるとドアの前に清掃中のプレートが吊るされていたらしい。


「僕はそんなことしてないよ」

「恐らく誰かが廊下側から入って来れないようにしたんだろうね」

「犯人だな」

 松崎さんの遺体を険しい顔で見ていた恩田さんは、

「亡くなった松崎さんの部屋を探るぞ!」



 恩田さんが主体となって松崎さんの部屋を探ったが、荷物は服や財布、歯磨き粉など必要最低限のものしか持ち込んでいないようだった。


「これって!?」

 免許証を見ていた中原さんが絶句する。続けざまに江口さんと恩田さんも財布を見ていたが、

「こいつは恭子の夫だ」


 写真に載っているのはピアスを付けた男性だった。


 新しい情報により考えがまとまらない中、遺体のあるリビングルームは警察が来るまで遺体を保存するために鍵がかけられることになった。

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