ミステリー好きは探偵ですか?

赤い紅茶

怪談殺人事件

第1話 プロローグ

 それはゴールデンウィーク明けの出来事だった。


 緑坂高校の旧校舎の二階の手すりから吹き抜けの一階ホールに吊るされるような形でクラスメートの本庄ほんじょう美咲みさきの遺体がぶら下がっていた。ガコンという音を聞きつけて旧校舎一階の地学室にいた生徒が遺体を発見したそうだ。通報に駆けつけた警察によって旧校舎は封鎖された。


 翌日、その事件は全校生徒に知れ渡り、本庄と親しい女子生徒たちが悲しみに包まれる中、ある噂が広まった。本庄は殺されたんだと。


 お昼ごろのニュースでその情報が間違いないことが伝えられた。

 急遽、午後の学校が休みとなり、ホームルーム前、本庄のクラスメートの俺たちは困惑していた。


「なぁ颯太そうた、殺されたってどうしてわかったんだと思う?」

 前の席の友人の新井あらいが聞いてきた。

「首の縄の跡が自殺と違ったんだろ」

 俺は説明する。索条痕と呼ばれる頸部を絞殺した場合に残る跡のことだ。

「自殺だったら索条痕の跡は首から斜め上に着くはずだ。ただ絞殺された場合は首と並行に付く。二種類の跡が残っていたのかもな」

「さすが詳しいな」

「ミステリーの受け売りだけど」


 実際のところはわからない。ただ、とんでもないことが起きたのは間違いなかった。


 本庄のことを思い返してみる。好奇心旺盛でクラスでも人気の女子だった。


 俺たちの会話が聞こえたのか、窓側で悲しみにくれていた森里もりさと美弥みやたちがこちらを見ていた。俺たちはバツが悪くなって互いに黙る。


「ほら、来なさい!」


 担任の野崎のざき先生に連れられて来たのはお調子者の沢城さわしろゆうだった。沢城は今日姿を見せていなかった。


「まったく旧校舎に忍び込むなんてどういう神経しているの?」

「ごめんなさい」

 埃まみれの沢城はへこへこしながら自分の席に座った。


「どうだった?」

 新井が小声で聞いた。あまりいいことではないが、正直、俺も興味があった。

「警察がかなりいたよ。現場検証しているみたいだったね」

「沢城、最低!」

 森里が睨みつける。

「ごめんて、ちょっと興味があったんだ」

「静かに」

 パンと野崎先生が手を叩き、今日は帰るようにと生徒たちに伝えた。



 数日後、本庄の葬式が行われた。クラスメートは任意参加で俺は何回か本庄と話したことがあったので参加した。本庄の母親の嘆きようは見ていて胸が痛くなるものだった。マスコミが葬儀場にも駆け付け、俺たち生徒にインタビューをしていた。俺は受けなかったが、クラスの何人かは受けたらしい。


「緑坂、ちょっと話があるんだけど」


 そんなある日の放課後、森里に話しかけられた。一緒に帰ろうとした新井が目を丸めていた。


「ここじゃなんだから屋上で話さない?」

「いいけど、どうしたんだ?」

「話はそこで」


 森里は茶色の毛先に癖の付けたセミロングの髪に意志の強そうな目をしている気が強い性格で、近寄りがたい生徒だった。俺はまだあまり話したことはない。


「じゃあ颯太、俺は先に帰ってるな」

 気を利かせたのか、新井がそう言って教室を出て行った。


「で、話って?」

 屋上で俺は切り出した。

「美咲の話、聞いてるよね」

「まあな、殺されたって話だろ」

「そう、犯人は許せない!」

 ギリッと森里が歯を噛みしめて、

「美咲、亡くなる前、学校の怪談を調べていたそうなのよ」

「学校の怪談」


 俺も聞いたことがあった。開かずの校長室が有名だ。内容は知らないが、それだけは知っている。


緑坂みどりざかってミステリー読んでいるのよね」

「たしなむ程度には」

「お願いがあるんだけど、犯人を探すのを手伝ってくれない?」

 森里の懇願に俺は悩んでしまう。

「ミステリー好きは探偵ではないよ」

「知ってる。それでもお願いしたいの」

 森里は悔し涙を流していた。俺は断れなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る