英雄譚(15) ヒーローはお姉ちゃんと『する』。


 一説によると、弟が欲しい女性は、甘えられたい欲求を持つのだという。


「ひろと。どれ、する?」

「え、っと……」


 デート担当が交代し、今日は結菜がひろとに付き合う日だ。


 ひろとが案内された場所は、結菜の自宅。二階の部屋に入ると、たくさんの賞状やトロフィーが目に映った。結菜は、学業もスポーツもとびきり優秀なようだ。


 彼女と面と向き合うと、ひろとは数枚のカードを裏返しのまま提示された。


「どれでも、いいの?」

「ん……一枚、好きなの、選ぶ」


 結菜の手から、カードを引き抜き……表を向けると、「夜まで♡」と文字が。


「結菜お姉ちゃん? 夜までって、なにが――」

「次、選んで」


 結菜は、新たなカードたちを持ち替えた。


「逆メイド服……って、なに?」


 選択したカードには、見たこともない奇妙な服装が書かれていた。


「ゆっ――結菜、お姉ちゃん!!?」

「着替える、待ってて」


 半袖Tシャツにショートパンツだった結菜は、その場で脱ぎだして、クローゼットから過激なコスチュームを取り出した。


「なっ!!?」


 そして着替えにあたって、躊躇なく全裸になる結菜。

 ひろとは背中を向けることも忘れて、結菜の全てを網膜に焼き付けてしまう。


 重力という物理法則を無視して突き出す、ロケット型の穂……。

 脂肪が少なく、筋肉質な女性によく見られる形だ。

 だからここまでグンと突き立っていられるし、ジークフリートやユノのような柔らかな弾力とは違い、固く張っている。

 脱いでも、動いても、そこだけは揺れることがない不動の房は、まるで自我を持っているかのようだ。


「どうしたの、ひろと?」


 ひろとは我に返って、慌てて背中を向いた。


「い、いやっ、どうしたのって……」

「お姉ちゃん、どこかおかしい?」


 強いて言うのなら頭がおかしいのだろうが、流石に先輩にそんなことは言えない。


「ど、どこもおかしくないよ!」

「ほんとに? ……あっ、もしかして、体育、したい?」


 したいかしたくないかだと、もちろん前者だろうが、ひろとは英雄たる揺るぎない意志をもって、何とかその欲求から脱した。


「きょ、今日は訓練しなくちゃだから!」

「ん……そう」


 ようやく結菜の着替えが終わり、「いいよ」と目を開けると、そこには。


「これが、逆メイド服……」


 黒フリルのついた白ニーソックスとショーツに、カチューシャ風のブラジャー。

 その他は何も身に着けておらず、圧倒的に肌色面積が大きい。


「これ、最後」


 三度目のカード選びをすると、「ツイスターゲーム」が出てきた。これまでのすべてを並べてみると、『夜まで、逆メイド服、ツイスターゲ―ム』という結果に。


「じゃあ、やろっか」

「……えっ」


 準備は万端だ。

 結菜はツイスターゲームに必要なマットとスピナーを用意している。


「これって、針が止まった色に、手足を置いていくゲームだよね」

「ん……手足が円からズレる、倒れる、負け」


 これはなかなかおもしろそうだと、楽観していたひろとだが、このゲームのおぞましさを直ぐに理解する羽目となった。


「結菜、お姉ちゃん」

「っ……ひろと、頑張り過ぎ」


 順番に手足を配置していった結果、ひろとはM字になって、結菜はトンネルのように、覆い被さる体勢になっている。


 一般男性からすると、このスレンダーな曲線を下から眺めるのは、絶景だとしか言いようがない。さらに布の薄いショーツとカチューシャが、ひろとの煩悩をさらに誘発する。


「ま、待って結菜お姉ちゃん! トラブル、が……っ!」


 きわどい衣装のせいか、スルスルと結菜の下着がズレてきている。

 ついに上半身のカチューシャ風ブラジャーがパツンと外れて、円錐型の肉果がぶるんっとひろとの目の前に垂れ落ちる。


 でかい。この体勢だから、なお大きく感じるとしても、すさまじいボリュームだ。

 ひろとの視界は二つの胞果ほうかに覆われて、ここは鍾乳洞なのかと錯覚する。その先端を囲っている輪っかは色素が強い、風雅なバラ色だ。


 それでも面積自体は普通で、見事に全体のバランスが調和している。


「ほら……次、ひろとの番」

「むっ、無理だよ~! こんな状態で、動いたら……っ!」

「ペナルティ。ひろと、パンツ、脱ぐ」

「ど、どんなペナルティ!? それはツイスターゲームじゃなくて、野球拳じゃ――」


 さらに今度は、結菜の大事な部分を覆うショーツまでもが、ズレて……。


「……くっ!」


 このままじゃ……マズいっ!


 ひろとは自分が倒れることで、この魔性のゲームを終わらせようとしたのだが、


「う――うわぁ!?」


 先に倒れたのは結菜の方で、ひろとの顔は、彼女の肉へと埋もれることに。

 固い……この顔面を覆い尽くす肉は、ほとんど筋肉で、だからこそ質量が伝わってくる。しっかりとした大きさ、重さ、ハリ……至高の一品だ。


 こんな災難……いや、ご褒美なら、ひろとの息が荒くなるのも当然。


 しかし、なにやら結菜もぜぇぜぇと言っているような気が……?


「お姉ちゃん? ……ねぇ、結菜お姉ちゃん!!?」


 結菜の顔色は、病人みたく青白い。

 呼吸も不規則で、額には嫌な汗が滲んでいる。


 ただではないと悟ったひろとは、急いで部屋を飛び出していく。


「あのっ……結菜先輩が、倒れました!」


 そうしてひろとは、母親がいる一階のリビングへと直行した。


「ああ、あの子なら平気よ。どうせ、ひとりでやれるもの」

「……はっ?」


 けれど返ってきたのは、訳の分からない言葉だけだった。


 結菜の様子を見に行くと、具合が悪そうだ。

 明らかに、正常な状態ではない。

 もう一度母親に伝えてみるものの、今度は、視線すら返してこなかった。


「ひろ、と。大丈夫。……大丈夫、だから」


 結菜の自室に戻り、ひろとは救急車を呼ぼうとした。

 しかし結菜は、それをよしとしなかった。


 ……母親に、迷惑を掛けないようにしている?


「本当に、大丈夫なんですか。ボクは、そうは思えませんけど……」


 三〇分ほど経つと、結菜に回復の兆しが見られた。それでもまだ、「あっ……は……っ」と、乱れた呼吸を繰り返している。身体の汗も、尋常じゃない。


「ひろと。付き合って、くれる?」

「ボクでよければ、ぜひ同行させてください」


 結菜はどこかに出かけるらしい。未だ覚束ない足取りの彼女を、ひろとが支え、彼女の着替えも心を無にして手伝った。「お母さん、車を出してください」結菜は、とても他人行儀なお願いをして、「いらないでしょ。どうせ、ひとりでできるんだから」母の返答は、この時も冷酷なものだった。


「……っ!」


 ひろとは、頭に血が上っていっているのが分かった。

 自分の娘がこんな状態で、どうしてそこまで冷たくなれるのか。

 何か言ってやろうと思った時、「行こう」と、結菜に制止された。


 結局二人は自力で向かって、行き先は総合病院だった。


「狭心症。中学生の時、診断された」


 ひと通りの検査が終わった後、結菜は病院のベンチで切り出した。


「お母さん。……昔から、仲良くない。今もそう」


 ポツリポツリと、断片的に伝えていく結菜。

 いま思えば、あの賞状やトロフィーは、そういう意味があったのだろうか。


 テストの順位は常に一位で、読書感想文やスピーチ動画、イラストに自由研究、どんなコンクール・コンテストでも受賞してきて、中学の陸上部では出場=新記録が約束されていたくらいに、結菜は才覚に恵まれていた。


 容姿も端麗。スタイル抜群。

 そんな最強少女には、母親ですら嫉妬したに違いない。

 だが、いくら天才少女であっても、病魔にだけは打ち勝つことはできなかった。


「ごめん。心配、かけた」


 初めて、ひろとは結菜の寂しそうな顔を見た。


「そんなこと、言わないでください。結菜お姉ちゃんは、何も悪くありません」


「ありがとう。お母さんも、病気も、厳しくするのに……ひろとは、優しいんだね」


 ひろとは、グっと拳を握りしめた。

 悔しい。

 結菜の家庭環境も、病気も、治して上げられないと分かっているから。

 また何もできない自分が、心底許せなかった。


 ユノとは形式が違うだけで、結菜も、愛されなかった人なんだろう。多くの祝福を受けているのに、一番肝心な、家族と身体からは嫌われた。弟が欲しい、というのはつまり、そういう欲求が根底にあるのかもしれない。


「ボクに、なにかできることはありますか」

「頼ってほしい。……かな」

「もちろん! 結菜お姉ちゃんは、とっても頼りになりますから!」


 結菜の申し訳なさそうな顔は、にこりと晴れやかな微笑みへと変わった。


「ん……とっても、頼り、なるよ」

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