パチキン

旗尾 鉄

第1話

「最近聞いたんだけどさ。パチキン、入院してるらしいよ」


 松下まつしたが、そんな話を始めた。地元を離れた竹田たけだが帰省し、高校時代の友人三人が久しぶりに揃っての飲み会の席でのことだ。


 パチキンとは、俺たちが高校一年のときの担任教師のあだ名である。正しくは坂本さかもとというのだが、有名な学園ドラマの主役教師と同じ苗字みょうじだったため、そんなあだ名がついた。そのドラマの教師役のパチモノ、という意味も込めてのパチキンだ。


「え、入院してんのか?」

「なに? どっか病気なん?」


 俺と竹田が尋ねると、松下が答えた。


「いや、足を骨折したんだって。定年なった後、いろいろボランティアやってたらしくてさ。そんで清掃活動かなんかでアホみたいに頑張りすぎてコケたらしいのよ」


 命に関わるような病気ではないと知り、俺たちは不謹慎ながら思わず笑った。


「なにやってんだよパチキン」

「ボランティアといいつつ、周りに迷惑かけてんなあ」

「でも、いかにもパチキンらしいじゃない」

「それは言えてる」


 パチキンの話題を肴にして笑いながら、俺はふと、高校時代を思い出していた。






 パチキンこと坂本先生は、いっぷう変わった教師だった。


 一言で言うと、「暑苦しい熱血教師」というところだ。とにかく生徒第一、といった感じで、俺たちと向き合おうとしてくれる。


 俺たちが通っていた高校は、学業成績もスポーツなどの部活動も平凡な、ごくごく「フツーの学校」だった。そんな学校では、パチキンのような熱心な教師は珍しかったのだ。ただし、生徒に対して全力投球、猪突猛進というタイプだから、そのぶん、やたらと暑苦しい。それでも俺たちとしては、いい先生として認識していた。


 高校に入学して約一か月、来週からゴールデンウィークというある日のことだ。


 ホームルームのときに、パチキンが全員に用紙を配った。進路調査だという。


「進学か就職か、だけじゃなくていいぞ。将来の目標とか、なりたい職業とか、なんでもいいぞー! 思いつかない者は、興味のあることとか好きな科目なんかでもいい、書いてみてくれ!」


 夢、希望、目標、努力。こういう単語が大好きなのも、パチキンの特徴だ。


 俺は困った。高校に入学して一か月だ。やっと高校受験から解放されて気楽になったばかり、進学だの職業だの、まだ考えてもいない。


「おまえら、どうする?」


 両隣の席の、松下と竹田に聞いてみる。二人とも同じ中学出身の、まあ悪友というやつだ。


「あたし、社長になろうと思ってるんだ」


 松下がすぐに答えた。


「なんじゃそりゃ。小学生の作文かよ」


 竹田はバカにしたが、俺は言った。


「おまえん、自営業だからな。親父さんの後を継げば確かになれるな」


 松下の家は、町工場まちこうばを営んでいるのだ。竹田も気付いて、


「あ、そうか。いいなあ、女社長かあ、かっこいいなあ」


 そんなことを言っていたが、どうやら対抗心を燃やしたらしい。


「松下が社長なら、俺はヒーローになるわ」


 ネタに走りはじめた。


「小学生の作文より、もっと悪いじゃねーか」

「世界を救う使命があるんだぞ、文句言うならおまえだけ救ってやらんぞ」

「梅本はどうするの?」


 松下が俺に振ってきた。だが、もうだめだ。完全にモードになっている。まともな意見は通らないだろう。俺は少し考えてから、言った。


「じゃあ俺は、魔術師になろうかな」


 意味などない。ただの思いつきを、なんとなく口にしただけだ。完全にウケ狙いである。


「うわあ、中二病っぽいなあ」

「中二のほうが、ヒーローになるとか言っちゃうお子様より精神年齢上だろ」

「あはは。パチキン、これ見たら泣いちゃうかもね」


 結局、俺たちは将来のことなど考えもしない、ただの悪ガキだったのだ。

 こうして松下は社長、竹田はヒーロー、俺(梅本)は魔術師と記入して提出したのだった。






 ゴールデンウィーク明けのある日、ホームルームでまたもパチキンの爆弾発言が飛び出した。


「この前の進路アンケート、連休中に読ませてもらったぞー。『特になし』っていうのが半分くらいあってちょっと残念だったけど、そういう人はこれから少しずつ考えてみてくれ。まだじゅうぶん時間あるからな。で、回答してくれた人は今日から順番に面談するぞー。今日は男子大野と、女子松下な」


 教室の中には、ええー、というざわめきが広がった。




 大野の面談が終わるのを廊下で待ちながら、松下はぶうぶう文句を言った。


「最悪。特になし、でいいならそうしたのに。書いて損した」

「家業の工場を継ぎますって言えば、なんとかなるだろ」

「問題はむしろ俺らだよな」


 やがて教室から大野が出てくる。松下はしぶしぶ教室へと入っていった。




 俺と竹田は、松下を待つことにした。

 どんな話になるのか気になったし、高校生にもなって、ちょっとオチャラケすぎたかな、という反省もあったのだ。


 二十分ほどして、松下は出てきた。

 どうだったと尋ねると、困惑したような表情になる。


「んー。なんていうかな。褒められたっぽい、かな?」

「はあ?」


 意外な答えに、俺たちも間抜けな声を出す。


「応援するぞー、なんでも相談してくれ! なんて言われちゃった」


 松下がパチキンの口真似をして言う。


「マジか。パチキンのよくわかんないスイッチ入った感じだなあ」

「経営の勉強したらどうだ、とか、そういう大学を目標に頑張れとかね」

「うわ。ウザいな」

「まあ、あたしのはまだ現実感がある回答だったから、これくらいで済んだけどさ。竹田と梅本は覚悟したほうがいいよ」


 パチキンの無駄なやる気はよくわかった。

 どうやらこれは、面倒なことになりそうだ。

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