二十八話 不気味な忠告
月乃たちが先に進んでからしばらくして――駐車場で立ち尽くしていた和の体が、ふいに軽くなった。
ちょうど体に力を入れて無理矢理動かそうとしていたタイミングだったため、突然解放された途端バランスを崩したたらを踏む。
「っと……! やっとかよ……!」
どうやら、上司から〝お許し〟が出たらしい。業腹だが、本気で命令されれば和はそれに逆らえない。どちらが上か、という単純な力の差だ。
普段は命令することもなく、へらへらとして見ているだけの放任型だが、ここぞという時の使いどころを分かっている。
本当に嫌な奴だと和は顔をしかめ、急ぎ足で後を追いかけた。
立ち入り禁止と聞いたものの、ただ客がいないだけで施錠もされていなければ休止の張り紙もない入り口に足を踏み入れようとした時だ、横から声がかかったのは。
「あんた、海脛に入るのはやめておきな」
軽トラックを脇に寄せた、農作業帰りと思しき老夫婦が和に厳しい視線を向けていた。
不法侵入やらの迷惑行為を疑われたかと思った和が、こういう時用に用意していた言い訳を口にしようとするも、相手は和の返答を待たずさらに続ける。
「ここはダメだよ。余所者は入っちゃいけない」
助手席の老婆が早口で言い募り、運転席の老爺が厳しい表情のまま肯定するように頷く。
「ご親切にありがとうございます。ですが、自分は厚生労働省のほうから派遣されてきた者でして……。若者の突然死について調査しに来たんです。もちろん、警察からも立ち入りの許可は得てますので、ご心配なく」
普段なら、こうした言い訳は祭の得意分野だ。ちゃらんぽらんしているが、スーツを着て締まりのない表情をなんとかすれば、大多数が納得する。
和の場合、いささか苦戦するのだが、今回の老夫婦は「若者の突然死」という単語を聞くなり顔を強ばらせ、和を不審がるどころではなくなった。
「……じゃあ、あんたがお嬢さんの言ってた……?」
「お嬢さん、ですか?」
「……もうすぐ、ここを調べにくる人たちがいるからって。その時は、助けてやってくれって」
なんだそれは。
和は無意識に眉を寄せる。
「お嬢さんって……もしかして、ここの所有者である波田さんと関係のある方ですか?」
老婆はコクリと頷くと、車を降りてきた。
老爺も同じように車から降りてきて、和に近づく。
「もしかして、県外から遊びに来ていたという……?」
「違うよ! あんなロクデナシと一緒にするんじゃない! ……お嬢さんは、お嬢さんさ。波田の奴になにもかも取られちまったけど、お嬢さんたち本家の皆様はずっとここにいて、あたしらを守ってくれた」
老婆が嫌悪に顔を歪めてヒステリックに声を荒らげた。そんな妻の肩に手を置いた老爺がゆっくりとかさついた口を開く。
「ここは元々、海脛集落の長が守ってきた土地だった。それを、分家の波田が本家の兄さんが死んだのをいいことに、騙してかすめ取った。お若い人は、笑うかもしれんがね、この場所はウミを剥がして捨て、供養する場所だったんだが――波田のせいで、その儀式ももう何十年もできていない。……だから……」
妻と地面、それだけを見て語っていた老爺の言葉が途切れた。
その顔がゆっくりと持ち上がり、和と視線が交わる。
「――今さらここでなにが起こっても、なーんも不思議でありゃぁせんよ」
暗い目が四つ、和を写したかと思うとやがて歪に笑った。
「あとで海脛の集落に来るといい。この辺には宿がないから、困るだろう」
「お気遣い、ありがとうございます。上司に相談してみます」
ぺこりと和が頭を下げると、老夫婦はこくりと頷き軽トラックに乗り込む。
だが、思い出したように老婆が窓から身を乗り出した。
「あんた、調べるのは結構だけど、必ず日が暮れる前にはここを出るんだよ」
はい、と頷いた和の返事は聞こえていたかどうかは定かではない。
老婆は和ではなく柵の向こうの高原パーク内を凝視して、熱に浮かされたように呟いた。
「そうしないと、身から剥がされてしまうからね」
「――」
元よりそれは和へ聞かせるつもりのない独り言だったのだろう。どういう意味かと問う前に軽トラックは走り出してしまった。
残った和は、海脛高原パークと銘打たれたアウトドア施設をまじまじとながめ、その顔を嫌悪に歪めた。
「……ヤバすぎだろ」
吐き捨てて、走り出す。
地元の名士、小さな集落、土地をめぐる争い、特別な儀式――穢れた場所に、不自然な死。これだけ揃っていて、なにないわけがない。
(トドメに、謎のお嬢さんって……あのおっさん、知ってやがったのか……!)
今回の件。警察が立ち入ったという情報から、不審な点を調べるだけ――つまり、調査するだけだと思っていた。
だが、それは先入観に過ぎなかったようだと和は認識を改める。
自分たちが来ることを知っていたようなお嬢さんとやらが、おそらく今回の通報者ではないかと。
――月乃の件がそうだったように、これはより緊急性が高い案件だ。祭が全ての情報を開示せずにここに来たのは、おそらく月乃を鍛えるためと明かせば和がうるさいから。
(あぁ、クッソ……! だから嫌なんだよ、あいつの下は!)
大上 祭は質が悪い。
普段どれだけ親しげに振る舞っていても、腹の中では周りなんぞは自由に動かせる駒くらいにしか思っていないだろう。
そういう奴だと知っていたのに、月乃を勧誘する祭を止められなかった――完全に自分の落ち度だと和は走りながら後悔した。
今までの、本部から派遣されてきた人員は、みんなすぐに来なくなった。けれど、祭が自ら声をかけた彼女は――月乃だけは、まだ自分たちのそばにいる。
祭は縁だとかそういう勿体付けた言い方をしていたが、和に言わせればあれは魅入られたのだ。
一度こちら側を体験した人間は、時に強烈にその非日常に心惹かれるようになる。
そして、同じようにこちら側のモノを強く引き寄せるように――。
(――は……、まさか、そういうことか? だから、ミコを必要もない留守番役にしたのか?)
今回の件を自分よりもよっぽど把握しているだろう祭が、どうやったのかミコを丸め込み月乃と引き離した。そして、わざわざ奥へと月乃を連れて行ったということは……。
釣り餌。
月乃はこの地にいるナニカを引きずり出すための、新鮮な餌という囮役だ。
冗談ではない。
せっかく普通の生活に戻れるかもしれない彼女を、そんな異常なモノに巻き込めば、彼女の中の普通と異常が入れ替わってしまう。
認識が改められれば、彼女は人であるのに、ますますこちら側に踏み込んでしまうではないか。
存在を取り戻し、名前も家族も人生すらも守り抜いた普通の人間。これから先もそうあってほしいと思う和の気持ちを嘲笑うように、祭は容赦なく月乃を巻き込んだ。
(頼む、入るな、入るなよ……!)
無駄に広い施設を全力で走りながら、和はコテージに向かっただろうふたりに対してそう願わずにはいられなかった。
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