二十五話 先輩、後輩に「適正なし」を告げる

 祭に対するような態度を取れない和は、真剣な面持ちで自分の言葉を待っている月乃からそっと視線をそらし、重い口を開く。


「……雲野」

「はい!」

「俺から言えることは、ひとつだけだ」

「?」

「……世の中お前みたいな奴ばかりじゃないってこと」

 

 月乃はきょとんとした顔で目を瞬く。

 良くも悪くも月乃は情に厚いお人好しだ。それはもう、出会った時のアレで和もよく分かっている。

 だから、彼女のような優しい人間には今回の一件は理解出来ないだろう。

 ――死因は急性アルコール中毒などというのは、誰かにより意図的に歪められた噂だ。そして、恐らくその誰かというのは……。


「間違った情報が伝わったんじゃなくて、あえて広めたんだ」

「え? ……それは、屋内で溺死したっていう不可解なことを隠すため……?」

「これは俺の推測になるけど……警察が突然死って言ってるのにわざわざ、より具体的な嘘をでっちあげたのは多分、保身だ」

「保身……? それって、あの、さっきの波田さんって人が……?」

「孫を守るためか、自分の体面のためか……理由は色々あるだろうが、孫の友だちが勝手に羽目を外したってことにすれば、死んだのは自己責任だと思う奴が出てくるだろ」

 

 孫を矢面に立たせないため。

 自分は迷惑をかけられた被害者という位置取りのため。

 可能性は多々あれど、少なくともあの女性たちは地元の名士らしい波田に同情的だった。余所から来た若者が羽目を外してやらかしたせいで、迷惑をかけられて気の毒にと。


 波田という人物の孫にも言及がなかったことから、おそらく孫はコテージにいなかった――ということになっているのだろう。

 

「……でも、それって、なんだか……」


 月乃が視線を落としてなっとく出来ないように呟く。


「亡くなった人が、気の毒……」

「死人に口なし。結局、そこに存在しているモノの勝ちなんだよ」


 やるせない表情の月乃から視線を外し、和はニヤニヤしている祭をにらむ。ミラー越しに目があったいけ好かない男は、よくできましたとでも言うように頷く。

 正直、後ろから運転席を蹴りつけたい衝動に駆られたが、乗っているのは自分だけではないうえに周りの車にも迷惑がかかると思い、和は耐えた。


(わざわざ俺に説明させて、雲野の反応を試して、なにがしたいんだよ……!)


 雲野 月乃は、こんなことには向いていない。

 毎回こんな風に感情移入しては、月乃が参ってしまう。事務員として、普通の仕事を普通にこなしていればいいではないか。元より、彼女はこんな得体の知れない仕事に首を突っ込む必要はないのだから。


「……お前、現場に出るのはこれで最後にしろよ」

「え?」


 どうしてと問うように、月乃のくりんとした目が見開かれる。

 その目に居心地の悪さを感じた和は、すっと視線をそらすと続けた。


「向いてない。事務所で大人しくミコと留守番してろ」

「……ぁ……わたし……もっと勉強するし、頑張るから……」

「勉強云々は関係ない。素質の問題だ」

「……」


 月乃がしゅんと肩を落とした。目に見えて落ち込んだと分かる。彼女の守護を自負しているだろうあの犬が付いてこないということは、それなりに和たちを信用しているからだろうが――それはお門違いだ。


 祭という男は、人で遊ぶのが趣味の性悪。

 そして自分は、口も態度も悪いし協調性もないし面倒見も悪い……自分勝手な奴である。どう考えても、信用していい類の存在ではないと和は自身をもくさす。


(俺たちの近くより、ミコのそばが安全だろ)


 これまで増員としてやって来ては「もう無理です~!」と上に泣きついて逃げるように去って行った職員たち――その中の誰よりも、月乃は自分たちに歩み寄っているし、祭はかなり気に入っている。

 だから、ダメだ。

 だからこそ、ダメなのだ。


「なごちゃん、意地悪だなぁ」

「…………」

「まだ始まってもいないのに、向き不向きが分かるわけないでしょ。それなのに、知った気になって、ごちゃごちゃと文句をつけてくるなんて……困ったねぇ、月乃ちゃん? 気にしないでいいよ。そもそも、決定権はおじさんにあるから!」


 暗くなりそうな車内の雰囲気を払拭するように、祭が明るい声で月乃を励ます。


(普通は、こんなもんに向く奴はいないんだよ!)


 スカイラインという看板に従うように進む車の窓から外をにらむ和は、脳天気な祭の声に苛立ち心の中で吐き捨てると、自身の携帯に視線を落とし件の高原の情報を調べるのだった。

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