十六話 そして彼らの非日常は続く


 和が車の運転席から外を眺めていると、ふいにガチャリと助手席のドアが開いて、びしょ濡れの男が中に入り込んできた。


「いやぁ、参った参った、ずぶ濡れだ。……ナイスタイミングの雨だけど、おじさんが戻るまで降らせ続けるって嫌がせじゃないかなぁ、なごちゃん?」

「言い訳を用意してやっただけだろ」


 和は男――祭をいちべつするとタオルを投げつける。


「あ~、もしかしてアレ? 月乃ちゃんを対処にさせたこと怒ってる? それとも黙れって命令したこと? 月乃ちゃんを脅かしたことかな?  ……ひょっとして、三日前になごちゃんが隠してたアイス勝手に食べたこと根に持ってたり?」

「自覚あるなら控えろよ。ってか、最後のアイスってなんだよ……俺知らないぞ」

「あ、ヤバ……」


 祭が露骨に目をそらすのを見て、和は「クソじじい」と悪態を吐く。


「弁償しろ」

「はいはい、分かりましたぁ。……思ったより怒んないね?」

「…………」


 だが、祭にしてみればもっと和からやいのやいの言われると思っていたようで、拍子抜けしたのか物足りないのか、怪訝そうに首をかしげられた。

 そんな男の顔をまじまじと見た和は、ふんと鼻で笑う。


「ざまぁみろだぜ」

「え?」


 ちょいちょいと、自身の片頬を指でさす。

 祭は最初こそピンとこなかったようだが、やがて「あぁ」と苦笑した。


「いやいや、か弱い見た目でなかなか剛毅な女の子だったよ」

「ハッ、散々好き勝手するからだ」

「そういうこと言う? おじさんは可愛い女の子にビンタされたうえ、スネまで蹴られて泣きそうなんだけど?」


 和はエンジンをかけながら「俺は溜飲が下がった」と言うと、ニヤリと笑う。


「ひどっ! ……けど、なごちゃんさー。よかったの、上着」

「あ? 仕方ねーだろ。……ちゃんと、消したんだろ?」

「そりゃね。そこまでが仕事だからね~。……でもさ、一回こっち側を知っちゃった子って、またふらふら足を踏み入れちゃうんだよね~?」


 含み笑う祭を、和は嫌そうな顔で見る。

 その目にありありと軽蔑の色が浮かんでいるのを見ると、祭は「本当のことだよ」とタオルを首に掛ける。


「まぁ、もうしばらくはミコがそばについてるんじゃない? なんか顔つき変わったし、守護されてれば危ない目には合わないでしょ」


 優しいけれど不安定な彼女は、情けをかけるべき相手を選ぶことを知った。

 人がいいだけでは食い物にされることを、身をもって知った彼女だ。今日までの空白の日々は記憶の底に沈みやがて消えても、経験は残る。


 せいぜい、強かに生きて人生を謳歌しろ――和は心の中で呟いて、少しだけ口元を緩めた。


「ん~? なに? 思い出し笑い? エッチ~!」

「うるさい、黙れ、さっさとシートベルトしろ」

「はいはい。じゃあ、お仕事終了、大成功ってことで、胸張って帰ろうか~」

  

 祭が笑ってシートベルトをしめると、和がアクセルを踏む。

 車はゆるやかに走り出した。

 雨はもう上がって、きらきらした星空が広がっている。

 

 ――星々に囲まれた淡い月が映える、いい夜だった。

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