十二話 悪魔の囁き似た
祭に手渡された傘をさした月乃が、彼に連れて行かれた場所は雨の降る見知った通り道だった。
見知った場所で起きている異様な状況の中、月乃が真っ先に視線を向けたのは、地べたを這う自分そっくりの姿をした存在ではない。そのすぐそばで、今にも相手に噛みつきそうな勢いでいるミコだった。
とっさに、ミコに向かって叫ぶ。
「ミコ、だめ!」
ピクッとミコの耳が動く。和が、祭の背後にいた月乃の存在に気づき、露骨に不快そうな顔をする。
「おっさん、そいつは連れてくるなって言っただろ!」
「え~? だってさぁ~」
「なんだよ!」
「こういうのって、本人蚊帳の外で色々したって、達成感なくなぁい?」
和は「ハァ!?」と明らかに怒りを滲ませた声を上げると、月乃に向かって怒鳴る。
「お前、さっさと外に行け!」
「そ、外?」
外はここだろうにと月乃が目を白黒させると、祭が傘を傾けて雨水を流しながら言った。
「今、雨が降ってるでしょ。で、おじさんたちがさっきまでいた周りは雨降ってなかった。別に局地的大雨ってわけじゃなくて、これはお仕事中に普通の人に見られたりしないための結界みたいなもんなの。……なごちゃんは雨男だから~、領域をつくっちゃうとだいたい雨なんだよねぇ~」
のんびり語る祭だが、その足は依然月乃の姿をしたものの手を踏みつけたままだ。
「ま、そういうわけで、外って言うのはつまり、領域から出ていってねってこと。それでもって、コレは往生際悪く領域の外に出ようとしてたから、おじさんが素晴らしい判断で止めてあげたってわけさ」
「いや! 邪魔! 邪魔しないで! わたしは家に帰るんだから!」
「え~、無理でしょ? ミコは完全にお前を覚えた。どこに逃げようが必ず追い詰めて、大事な月乃ちゃんを酷い目にあわせたお前を食い殺すだろうさ。――お前が月乃ちゃんの魂をかじったみたいに、いやあれ以上の痛みで必ず報復するだろう」
言葉を失う相手に対し、祭は笑顔で続ける。
「今もこうして月乃ちゃんのそばを離れて、お前を狩る瞬間を待っていたくらいだ。もう逃げらんないよ?」
月乃の姿をしたものは、想像したのか「ひっ」と悲鳴をあげた。一方で本物の月乃は、川でミコが消えた理由を察する。
(天国にいけたのかな、なんて……わたし、馬鹿みたい……!)
こんな状態の月乃を置いて旅立てるなんて、考えればありえないと分かるだろうに――全ていいように……自分に都合のいいように解釈していた。
「で、月乃ちゃん。どうする?」
「――おい!」
「はい、なごちゃんはお口チャックね~? ……こういうのはさ、本人が決めるべきでしょ」
冗談めかした口調で和をいなした祭は、笑って月乃を振り返る。
「どうする? これ、素直に返す気ないみたいだし、このままミコに成敗してもらう? そうすれば、奪い返せるかもよ?」
笑顔の祭が発するそれは、まるで悪魔の問いかけのようだった。
「いい加減にしろよ!? お前も耳を貸さなくてもいい!」
「だからさぁ、なごちゃん。そう勝手になんでも自分で決めちゃう強引男だと、モテないって。――ちょっと、黙ろうか?」
和に対してニッコリと祭が笑いかけると、ぐっと和が押し黙る。やれやれと呟いた祭はグルグル唸るミコをいちべつし、もう一度月乃に問いかける。
「ミコもやる気みたいだし、月乃ちゃんがうんって言えば一発だよ?」
仕返ししたいでしょ?
傘を傾け顔を近づけ囁く男に、月乃は――。
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