三話 特案調査対策局
「そいじゃ、簡単に月乃ちゃんの状況を説明しようかぁ」
病室に戻ると、祭はさっそく壁際に丸椅子をもって行くと腰掛け、だらりと壁にのっかかった。
そんな若干だらしない姿勢のままピッと人差し指を立てる。
「わたしの状況、ですか?」
「そそ。簡単に言うとね、月乃ちゃんは今なりすましされてるんだよねぇ~」
「な、なりすまし……?」
「はぁい、そうで~す。なりすました相手は、月乃ちゃんとして月乃ちゃんの家で生活してま~す」
「え、どういうこと……」
困惑する月乃に、少年が口を挟む。
「たとえば、そうだな……。アカウントの乗っ取りとか、本人になりすました虚偽アカウントとか聞いたことないか」
「……ある……けど……?」
「それが現実世界で起こったってことだよ」
さらりと言われて月乃は目を丸くする。
平凡な生活を送る月乃にとって、それはまるで遠くの世界の出来事のようにしか聞こえない。
「む、無理でしょ? だってわたしはここにいるし、あ、保険証とかは使えるかもしれないけど、家に帰ってないから、家族が心配して捜索願いを出してると思うし、それに……それに……――顔、そう顔が違うし声だって……! だから、名前だけ使ってもすぐにバレちゃうに決まって……」
「このなりすまし犯は、本人そっくりに化けてるんだよ」
「は……? 化ける? そんなこと――」
できるわけがない。
笑い飛ばしたかった月乃だが、少年が冗談を言っているようには見えない。
それでも受け止めきれず、祭を見れば彼はへらりと笑った。
――冗談だよ。
そんな言葉を待っていたが……。
「月乃ちゃんさぁ、最初ぼーっとしてたでしょ? 寝不足の時みたいに、頭が回んなくて考えもまとまらない、とっちらかった感じ……それかぁ……あれかな、頭ん中真っ白でうまく働かないみたいなさぁ」
「……そう、でした」
「アレねぇ、食われちゃったんだよ。上手な奴はさぁ、うまーくコピペするんだけど……コイツは三下だねぇ。いきなり魂ガブリとかじられたら、そりゃぁショック状態で真っ白けになるわ」
気の毒だったねと優しげに労る祭だが、月乃はふるふると首を横に振ることしかできない。
「月乃ちゃん、大丈夫かい? ついてこれてる?」
「い、意味が……意味が分かりません……! 一体、なんなんですか、あなたたち?」
「あ~、さっきも言ったけど政府のほうから来ましたぁ~」
「だから、政府って……」
「ちょい待ってねぇ~、えーと……名刺、名刺」
あちこちパタパタした後、イスから立ち上がった祭はポケットからなにかを取り出し、ベッドに腰掛ける月乃に近づいてきた。
「はい、これ~! おじさんの名刺。ワタクシ、こういうものです」
「…………特案調査対策局……?」
「そうそう! で、さっきも名乗ったけど、おじさんが祭。で、こっちの不機嫌そうなボーヤが部下の
軽く言われるが月乃はついていけない。
困惑している間にも祭の説明は進む。
「具体的にどんなんかっていうと~。特殊な案件……平たくいえば、訳の分かんないモノやコトを調査して対応しますよ~っていうところから来た局員。月乃ちゃんみたいに、訳が分からんうちに自分という存在を乗っ取られた気の毒な人たちをお助けするのも、お仕事でね。保護から状況観察、その後の対応までバッチリ。一から十まで、手厚くサポートしますから、安心安全の――」
「ふざけないで!」
名刺を握りしめ、月乃は声を荒らげた。
なんだこれは。なんなのだ、この状況は――じわりと涙が滲んでくる。
「あるわけないでしょ、そんなこと! そんな……」
「ありえないことがありえた。……だから、オレたちみたいな、お前の常識じゃありえないような連中がしゃしゃり出てきたんだよ。……とにかく、オレたちは一度廊下に出るから、着替えろ」
いつの間にか病室に持ち込まれていた紙袋を月乃に押しつけると少年――和はバンと祭の背中を叩いた。
「いった! ちょ、痛いんだけど、なごちゃん?」
「うるせぇ。混乱させて楽しんでんじゃねーよ……! 胸くそ悪い。出るぞ」
「……なごちゃんってば、紳士~! おじさんの教育がよかったのかなぁ?」
「黙れよ、息するな」
辛辣な言葉を吐き捨て和は祭を引っ張っていく。
「口で説明しても実感がわかないと思うから、現物を見せてやる。けど……泣くなよ?」
出て行く直前、肩越しに振り返った和の言葉の意味。
月乃はまだ、よく分かっていなかった。
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