ニアラズ
真山空
序
ぶくぶくぶく
いくつもの泡が上へ上へと昇っていく。
それなのに、自分の体はどんどんと暗い底へと沈んでいく。
まるで、引っ張られるように。
暗くて、冷たくて、身動きすら満足に敵わない水の中で、あがくように手を伸ばした。
泡が昇っていく、上へ。
明るくあたたかいほうへ。
それが現れたのは突然だった。
あたたかい光を遮るように現れた黒い影が、ゆらゆらとわかめのように広がりながら問いかけてきた。
『助けてやろうか』
無我夢中で、頷いた。
動かしにくい体で必死に助けてほしいと訴えた。
吐き出した泡がゴボゴボと、先ほどより勢いよく立ちのぼる。
『いいだろう。助けてやろう。そのかわり――をよこせ』
なんでもいい、助けてほしい、ここは寒い、暗い、冷たくて痛い。
家族のところに帰りたい。きっと自分を心配している。
なにをしていたんだって、怒られたっていい。
お父さんとお母さんに会いたい。
だから――助けてほしい。
『契約は成った。さぁ、助けてやろう』
黒い影が視界全てを覆い隠した。
あっ――と思ったのは一瞬。思い出したように息苦しさを覚え、ゴボボボ……と肺の中に残っていた空気を全部吐き出してしまう。
寒い。
痛い。
冷たい。
苦しい。
苦しい苦しい苦しい――助けてって、言ったのに。
「助けてやるさ、命だけは」
ブツリ。
息苦しさはやがて遠のき、倦怠感が全身に支配する。力が抜けて、全てが遠のいていき――黒い影ではなく、自分と同じ顔の誰かが笑っていて……。
「そのかわり、お前の人生は――」
あとは全てが水の中に沈んで、消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます