第6話 バスケットシューズを盗むおじさん

ここのところ深車みぐるまの地元では新聞にもテレビ、ラジオにも目立った犯罪の情報はない。地元の情報をやり取りしているネット掲示板を当たるとなんだかひどいのがあった。

「最近、バスケットシューズを盗まれた」

「また起きたぞ」

「ここのところ多いな、何件目だ」

学校を中心に一般住宅でも被害が出ている。いくつかの掲示板を見て回るがどこもその話題で持ちきりだった。

「なんだって靴なんか盗むんだ。しかもたくさん。売るつもりにしては高い物だけを選んでというわけでもなさそうだな」

深車みぐるまは現地に調査に行くことにした。実際に足を運ばなくては詳細がつかめない。ただの泥棒にしては一つのものに固執しているし、民家に侵入していることから犯罪性が高いと判断した。仕立てのよいダークグレーのジャケットを着込む。彼の使う自家用車は高級クラスの国産。特殊な改造は施されていないがタイヤとホイールは最高級のものに取り換えてある。ハンズフリーで電話ができる。色は一見すると白に見えるが淡いベージュ色でありクリーム色と表するべき色である。アクセルを全開にすれば軽く時速200キロは出るが出さない。車に乗っているときは口すぼめの特殊な能力はほとんど役に立たないので、この瞬間はただの優秀な頭脳と頑健な肉体を持った金持ちに過ぎない。ヒーローの時はスピードに自信のある彼だが運転は安全にやる方が好みだ。運転時にはメッシュ地の指ぬきグローブを付ける。ステアリングを操る手が軽やかだ。見事なほどの安全運転を誰も見てないが披露すると、被害のあった学校に着くと新聞記者を名乗り正門から入る。事前に電話で連絡を入れておいたので疑いなく信じてもらえた。駐車場に止め車から降りると、落ちている空き缶などが目に留まりつい拾ってしまう。

「学校なら自販機が設置してあるんだろう。それならすぐ横にごみ箱があるはず。ちゃんと捨てるべきだ」

と正義感を小さく怒らせる。小さなことでも間違ったことは正さなくはいられない深車。自販機を探しそばのごみ箱に缶を捨てる。

体育館の周囲を調べているとその時ちょうど怪しい人物に遭遇した。

見るからに不審な男はあたりの様子をうかがうように動きがせわしない。隠れるとも何かを探しているともつかない感じでうろうろしている。中年でオールバックにした髪は少し後退しており白髪まじりだ。体格はがっしりしているが腹が出ている。顔を隠す様子もなく眼鏡さえかけていない。

深車はすばやく車に駆け戻り持ってきていたスーツを着込む。そのつもりで来ているので装着には手間取らない。口をすぼめスピードを出しつつジャンプを織り交ぜ体育館に戻るとまだ男はいた。

「あらわれたぞ口すぼめマン」

鋭く威嚇すると不審な男はあきらかにうろたえ、逃げようとしたが

「逃がさん。逃げられると思うな」

と言うやいなや口すぼめスピードで相手の行く先に立ちふさがった。

不審な男は歯ぎしりをし腰のあたりに手をやる

「何者だお前。余計な邪魔をするな」

ズボンのベルト通しに隠していた細い鎖を抜き出しだらりと垂らした。

この男は人と戦うことに慣れているようには思えない。当たらない距離でブン、ブンと振り回し始めた。

「くそっ」

らちが明かないと思ったのか覚悟を決めて口すぼめマンに向かってきた。鎖でひっぱたこうとしてくるが大ぶりの攻撃ばかリで簡単にかわした。格闘経験のまるでない蹴りもしてきたが当たりはしない。鍛えていないただのおじさんの膂力りょりょくでは口すぼめマンの鍛え上げられた肉体から発する素早さに到底追いつけるはずもない。頃合いを見て足を引っかけて体を倒した。受け身などとれるはずもなく腰を地面に強打した。

「ううー」

男はうめき声を出しこちらをにらんでいる。

「最近バスケットシューズを盗まれる被害が相次いでいる」

「あ、ああ。俺だ。俺が盗んでいる」

「一応聞いてやろう。なんでそんなことをするんだ」

「あんたに行ってもしょうのない事だが盗むのが楽しいんだ。楽しくて仕方がない。ほかの事が考えられなくなった」

深車は少し考えて言った。

「盗んで売っているんじゃないのか」

「いや、そういうんじゃない。集めているんでもない。盗むのが楽しい、もうそれだけだ」

またおかしなやつが現れたな、深車は思う。

「売ってもいなくて捨ててもいないんなら全部もとの持ち主に返すんだ」

男はうなだれて荒い息を続けていた。

口すぼめマンはベルトから網を取り出し手錠のように男を拘束し体育館の近くの柱に結び付けた。そのうち生徒が気付き教師らに伝えるだろう。

口すぼめマンは素早い動きで車に戻り服に着替え用事がすんだことを職員に伝えると車を発進させた。心なしかエンジン音がくもって聞こえる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る