悪魔の記憶

花恋(かれん)

悪魔の記憶ⅰ

※時空名『アナザーアース』

 名もなき悪魔の、あったかもしれない可能性。


 黒百合のアトリエとはまったく別の世界の、別のリリルカの物語。

 ダークなお話です、ご注意ください。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 



吹雪のやまない山脈の、

その更に奥の洞窟。


黒のローブを着込んだ者たちが、

まがまがしい深紫色の光を放つ魔法陣を囲み、

話している。



「ようやく我々の悲願が――」

「ライムごときに、この計画は成し遂げられなかった!」

「封印の知識は、種族の創造にこそ使われるべきだったんだ」

「カスラの血こそ、至高」


「可哀想に、ご両親が失敗して、

 お兄さんしか残っていないと思っていたけれど、

 まさかこの子が、ねえ」


「さぁ、儀式は成功した!

 我々の新しい主(マジェスティ)の御言葉を聞こうではないか」



『……るサい』

「何か、おっしゃりましたか?」

『うるサい、って言ってルの!!!』


黒のローブの布が、赤黒い血とともに、

一瞬で壁にちりばめられる。


数秒前まで動いていたものは、

下半分だけを残し、物言わぬ黒い柱となった。



『はぁ、はぁ、はぁ……』


黒や紫が混じった、紅蓮に輝く右の眼光を、

赤い液体を垂らし続ける手で覆い隠すように抑えながら、

それでも足りないものを補おうとして、

目の前の黒い柱に、ゆっくりと近づく。


そして、



『まだ、足りなイ……』


この血は、不味い。黒く染まりきっている。

尽くした魔性の代償。

肉もやせほそり、質感も最悪だ。

一体何を食べたら、これほど不味い肉になるのだろうか、と。



「――へぇ、出来てたんだ。

 こんなところで出会えるとはね」



この場には場違いの、鈴が鳴ったかのような清涼感のある声。

目の前に見えたのは若い、少女とも取れる見た目の女。


胸の下まである、黒檀のようなストレートの髪質。

山脈の山肌のように白い、雪のような柔肌。

黒のコートに、白のイヤーマフラー。

スタイルも細身ながら、体幹やバランスは悪くないように見える。


だが、それらをぶち壊す、全てを見透かしたような――

漆黒の、光を感じさせない瞳。


黒の眼鏡をくいっと持ち上げ、

彼女は温度を感じさせない声で淡々と喋る。



「『アポフィスの悪魔』ってところかしら。

 愚かなことを考えるものね。

 六百六十六年になれば、みんな滅ぼされちゃうっていうのに。


 あまつさえ、

 、ね」



人を小馬鹿にしたような声色で、嘲笑する。

もはやなぜかは分からないが、言い知れぬ怒りが、全身を駆け巡る。


女にふりかざされる、黒くまがまがしい、腕ほどの長さもある爪。

しかしそれは、女の顔を切り裂く、わずか数ミリのところで止められる。


その腕を止めたのは、本能。



「ここから先は、あると思うなよ?」


突然変わる、女の口調。

外見はそのまま、だが目の色だけが、明らかに変わる。

同じ、黒と紫が入り混じった、深紅の眼光。



「人造悪魔。おまえだけじゃない、ってことよ」


ふふふ、と高い声で薄く、洞窟に響くように笑う。

しかしその眼光は常に、こちらを捉えたままだ。



「……」


沈黙を余儀なくされ、爪は静かに降ろされる。

これは、喰らってはいけない。同じ側の、イキモノだ。



「別に、貴女を殺そうと思ったわけじゃないのよ。

 様子を見に来ただけ。それに――」


女が背を向け、洞窟の外のほうを見る。

余裕の表れなのだろうか。切り刻んでやろうかとも考えるが――

女が何かを言いかけている。



「運命を、変えてみたいとは思わない?」


突然、女が訳のわからないことを言い始める。



「ヒューマンなんて、どいつもこいつも、愚か者しかいない。

 『聖女を殺されたほうの』アールヴの末裔の一端ですら、この有様。


 種族なんて関係ない。

 人間なんて、みんな自分勝手。


 だったらさ。

 こんな世界(アースランド)なんて、

 さっさと見捨ててもいいんじゃない?

 ――そう思ってね」



何を言っている?

目の前の女は、全く理解できないことを口走っているではないか。

何の目的で、近づいてきた?



「知ってる? 世界線って複数あるの。

 一生懸命、誰かのために生きて、尽くして、勉強して。研究者になって。

 その先に、時を超えて、永遠の命を手に入れて。


 だけど、その先にわかったことは、

 自分がたった一つの可能性に過ぎなかった、という結論。

 悪魔になる前のわたしは、今も研究者として、人間の中で生きている。


 タイムパラドックス。

 こんな形で見せられるなんて、皮肉以外の何物でもないわ。


 試しに六千年生きてみたけれど。

 誰かの駒として生かされるのは、実につまらない」



小難しいことを言っている。

黒の眼鏡に手を触れながら話すのは、彼女の癖なのだろうか。


しかし、視力が変わった今でなければ気づけなかっただろう。

彼女の手が、ほんのわずかに、震えていたことに。



『ウンメイ……変えル』

「いい子ね」


彼女が何をどこまで気づいていたかは、

知らない。


だが、こちらの返事を聞いた直後。

眼鏡を外し、いきなり至近距離に近づいてきた。


雪のように白く整った顔が、

すぐ近くに見える。



「貴女、結構いい眼をしてるじゃない」

『エ?』


まさかの。

自分が、黒縁の眼鏡をかけられた。



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