悪魔の記憶
花恋(かれん)
悪魔の記憶ⅰ
※時空名『アナザーアース』
名もなき悪魔の、あったかもしれない可能性。
黒百合のアトリエとはまったく別の世界の、別のリリルカの物語。
ダークなお話です、ご注意ください。
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吹雪のやまない山脈の、
その更に奥の洞窟。
黒のローブを着込んだ者たちが、
まがまがしい深紫色の光を放つ魔法陣を囲み、
話している。
「ようやく我々の悲願が――」
「ライムごときに、この計画は成し遂げられなかった!」
「封印の知識は、種族の創造にこそ使われるべきだったんだ」
「カスラの血こそ、至高」
「可哀想に、ご両親が失敗して、
お兄さんしか残っていないと思っていたけれど、
まさかこの子が、ねえ」
「さぁ、儀式は成功した!
我々の新しい主(マジェスティ)の御言葉を聞こうではないか」
『……るサい』
「何か、おっしゃりましたか?」
『うるサい、って言ってルの!!!』
黒のローブの布が、赤黒い血とともに、
一瞬で壁にちりばめられる。
数秒前まで動いていたものは、
下半分だけを残し、物言わぬ黒い柱となった。
『はぁ、はぁ、はぁ……』
黒や紫が混じった、紅蓮に輝く右の眼光を、
赤い液体を垂らし続ける手で覆い隠すように抑えながら、
それでも足りないものを補おうとして、
目の前の黒い柱に、ゆっくりと近づく。
そして、それらに頭から首を突っ込み、
全て喰らい尽くした。
『まだ、足りなイ……』
この血は、不味い。黒く染まりきっている。
尽くした魔性の代償。
肉もやせほそり、質感も最悪だ。
一体何を食べたら、これほど不味い肉になるのだろうか、と。
「――へぇ、出来てたんだ。
こんなところで出会えるとはね」
この場には場違いの、鈴が鳴ったかのような清涼感のある声。
目の前に見えたのは若い、少女とも取れる見た目の女。
胸の下まである、黒檀のようなストレートの髪質。
山脈の山肌のように白い、雪のような柔肌。
黒のコートに、白のイヤーマフラー。
スタイルも細身ながら、体幹やバランスは悪くないように見える。
だが、それらをぶち壊す、全てを見透かしたような――
漆黒の、光を感じさせない瞳。
黒の眼鏡をくいっと持ち上げ、
彼女は温度を感じさせない声で淡々と喋る。
「『アポフィスの悪魔』ってところかしら。
愚かなことを考えるものね。
六百六十六年になれば、みんな滅ぼされちゃうっていうのに。
あまつさえ、
その滅びの力を降ろして、自分たちのものにしようとは、ね」
人を小馬鹿にしたような声色で、嘲笑する。
もはやなぜかは分からないが、言い知れぬ怒りが、全身を駆け巡る。
女にふりかざされる、黒くまがまがしい、腕ほどの長さもある爪。
しかしそれは、女の顔を切り裂く、わずか数ミリのところで止められる。
その腕を止めたのは、本能。
「ここから先は、あると思うなよ?」
突然変わる、女の口調。
外見はそのまま、だが目の色だけが、明らかに変わる。
同じ、黒と紫が入り混じった、深紅の眼光。
「人造悪魔。おまえだけじゃない、ってことよ」
ふふふ、と高い声で薄く、洞窟に響くように笑う。
しかしその眼光は常に、こちらを捉えたままだ。
「……」
沈黙を余儀なくされ、爪は静かに降ろされる。
これは、喰らってはいけない。同じ側の、イキモノだ。
「別に、貴女を殺そうと思ったわけじゃないのよ。
様子を見に来ただけ。それに――」
女が背を向け、洞窟の外のほうを見る。
余裕の表れなのだろうか。切り刻んでやろうかとも考えるが――
女が何かを言いかけている。
「運命を、変えてみたいとは思わない?」
突然、女が訳のわからないことを言い始める。
「ヒューマンなんて、どいつもこいつも、愚か者しかいない。
『聖女を殺されたほうの』アールヴの末裔の一端ですら、この有様。
種族なんて関係ない。
人間なんて、みんな自分勝手。
だったらさ。
こんな世界(アースランド)なんて、
さっさと見捨ててもいいんじゃない?
――そう思ってね」
何を言っている?
目の前の女は、全く理解できないことを口走っているではないか。
何の目的で、近づいてきた?
「知ってる? 世界線って複数あるの。
一生懸命、誰かのために生きて、尽くして、勉強して。研究者になって。
その先に、時を超えて、永遠の命を手に入れて。
だけど、その先にわかったことは、
自分がたった一つの可能性に過ぎなかった、という結論。
悪魔になる前のわたしは、今も研究者として、人間の中で生きている。
タイムパラドックス。
こんな形で見せられるなんて、皮肉以外の何物でもないわ。
試しに六千年生きてみたけれど。
誰かの駒として生かされるのは、実につまらない」
小難しいことを言っている。
黒の眼鏡に手を触れながら話すのは、彼女の癖なのだろうか。
しかし、視力が変わった今でなければ気づけなかっただろう。
彼女の手が、ほんのわずかに、震えていたことに。
『ウンメイ……変えル』
「いい子ね」
彼女が何をどこまで気づいていたかは、
知らない。
だが、こちらの返事を聞いた直後。
眼鏡を外し、いきなり至近距離に近づいてきた。
雪のように白く整った顔が、
すぐ近くに見える。
「貴女、結構いい眼をしてるじゃない」
『エ?』
まさかの。
自分が、黒縁の眼鏡をかけられた。
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