セイレーンの熾火(おきび)
daisysacky
プロローグ
「ごめんなさい…あなたは、幸せになるのよ」
若い女が、生まれたばかりの赤ん坊を抱えて、嵐の街をさまよって
いる。
足元は、泥まみれ。
いつの間にか、靴が脱げ、裸足になっている。
台風が来る…というので、商店街はすでに早じまいをして、扉を固く
閉められ…
人っ子一人、見当たらない。
野良猫さえも、どこかの軒下に避難しているのか…
生き物の気配さえ、そこにはない。
女は、頭からフードを深くかぶり、フラフラと歩いている。
ビュービューと先ほどから、風が強くなってきた。
ガタガタと看板や、シャッターや、窓ガラスを鳴らしている。
「あなたなら…きっと、可愛がってもらえるわ」
女はそうつぶやくと、とある一軒の家の前で、足を止める。
それは…かなり古びた建物だ。
だが…確かに、門柱に灯りが灯っている。
女はようやくホッとして、その前で立ち止まる。
そうして少し躊躇するように、我が子の顔をのぞき込んだ。
「ごめんなさい」
そう言うと、建物の軒が突き出た所に、そぅっとバスタオルで
くるんだ、小さな固まりを、濡れない場所を選んで置く。
「すぐに、見つけてもらえますように…」
そうつぶやくと、思い切ってベルを鳴らす。
しばらく物音がしてこないので、もしかして家人がいないのか…
と思って、そっと物陰からうかがっていると…
間もなくして。、カタカタと歩く音がして、人の気配がした。
女はあわてて、木の陰に身を隠し、息をひそめて、家人が出て来る
のを、見守っている。
「はい」
声がして、ガラガラ…と引き戸を開く音がした。
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