木槿国の物語・曼珠の旅路木槿国の日常

高麗楼*鶏林書笈

*もうすぐ

「もうすぐ、遊覧曲芸団がやってきますね」

 少年が楽しそうに言うと

「それが、今回は都での興行はないらしい」

と生員が水を差すように応じた。

「ええっ!」

「朝廷の使節に付いて曼珠国に巡回興行に行くみたいだ」

 とっさに少年は曼珠国へ行く手段をあれこれ考えた。そして、船長に提案するつもりである。


*承諾

「本社から曼珠国への視察の話が来たんだが」

 船長が言うと

「もちろん、承諾したんでしょうね」

と少年は脅すような口調で応じる。

「ああ。で、お前たちは何でそんなに曼珠へ行きたいんだい」

 船長が聞くと

「そりゃ、いろいろありますよ」

とパティシエ船員が楽しげに答えるのだった。


*鍵

「あいつ、どこ行ったんだ」

 市場の少年の店がここ数日鍵がかかったまま、休業状態なのである。

「曼珠国に営業に行くって言ってたわよ」

 画員の問いに妻は応えた。

「そうか…、そういえば、生員どのの姿も見ないなぁ」

「姉上の家にでも行ったんじゃないの」

「そうか、退屈だなぁ」

「私は忙しいの!」

 絵筆を動かしながら妻が言った。


*ゆらゆら

「久しぶりのハンモック、この適度にゆらゆらするところがいいんだよな」

 少年はご機嫌で寝ていると突然、ガクンと身体が揺らいだ。と同時に目が覚めた。

「そうだ、今は曼珠国へ行く船中だったな」

 少年一行は商売のために曼珠国に向かっているのであった。

 彼にとって初めて行く国だが、何よりも楽しみにしているのは同地で行われる遊覧曲芸団の興行だった。


*まばゆい

 曼珠国の都にやって来た少年一行は、まばゆい街並みに目を見張った。

「木槿国や扶桑国の都とは比べ物になりませんね」

「うん、さすが、東域一の都市だな。建物が立派ででかい」

「商売人も各地から来てるし。俺たちの出る幕はないな」

 船長が気弱なことを言うと

「よし、俺はここの賭場を征服します」

とパティシエ船員が力強く応じた。


*真似る

「なんか、木槿国の女人たちと変んないなぁ」

 曼珠国の都を歩きながら少年が呟くと隣にいたパティシエ船員が

「木槿国の女たちの恰好を真似ているんですよ。今、流行しているらしいですよ」

と応じた。

「そうか、よく知っているな」

「友だちが教えてくれました」

「ここに友人がいるのか」

「はい、少し前に知り合いました」


*食事

「たまには、他人が作ってくれた飯を食うのもいいですね」

 曼珠の旅籠で朝食を取りながらパティシエ船員がいうと、

「でもお前の飯の方が美味いぜ」

と少年が応えた。

「そうですか」

 船員は笑顔になった。

 曼珠滞在中、彼は賭け事と共に料理修行に励むのだった。


*装飾

「商談、まとまったんですね」

 ご機嫌な船長に少年は訊ねた。

「そうなんだ、木槿国の装飾品が欲しいっていう商家がいたんでそこと取り引きすることにしたんだ」

「じゃ、もう仕事は終わりですね」

「ああ、後は好きにしていいぞ」

 船長の言葉を聞いて、少年は遊覧曲芸団の興行場に、パティシエ船員は賭場へと向かった。


*だれ?

「やぁ」

 興行に夢中だった少年の背後で声がしたので、振り向くと生員がいた。

「生員どのも来てたんですか」

「うん、使節団の一員でね」

「そうですか」

 少年が応じると彼は用事があるのでと言って去って行った。

「誰だい?」

 隣にいた船長が聞いた。

「常連さんです」

 少年の答えを聞いた船長は木槿国の店も繁盛していることを知り喜んだ。


*幕間

 遊覧曲芸団の興行の幕間、パティシエ船員が重箱を抱えて少年一行の席に戻って来た。

「どうしたんだ、それ」

 少年が聞いた。

「“友だち”が届けてくれたんです」

 さっそく賭場での勝負に勝ったなと少年は思うのだった。


*拒絶、終幕

「興行で綱渡りやってた少女、終幕後、とある大臣に誘われたらしいですよ」

 パティシエ船員が少年の耳元で囁いた。

「で、どうなったんだ」

「当然、拒絶しましたよ」

「だろうな、だけど無事に済んだのかい」

「権力に物言わせて曲芸団に圧力を掛けようとしたらしいけど、逆に皇帝からみっともないことをするなって注意されたそうです」

「大国のくせにせこいなんて言われるもんな」


*パーツ

「おかしいなぁ」

 曼珠国から持ち帰った絡繰り人形を組み立てながらパティシエ船員が呟いた。

「どうしたんだ」

 少年が訊ねると

「図面通りに組み立てたんだけど、動かないんです」

と船員が答えた。

「パーツが足りないんじゃないか」

「多分そうだろうな、先方も技術を流出させないようにわざと何かを省いたんだろうな」

と船長が応じた。


*放心

「おい!」

 放心したようになっている少年に画員が声を掛ける。

「あ、いらっしゃい」

 我に返った少年は応じた。ちょうどやって来た生員が話を継いだ。

「曼珠国で遊覧曲芸団の興行を見た感動がまだ残っているみたいなんだ」

「店休んでいる間、曼珠へ行ってたのか!」

「もちろん、商売で行ったんですよ」

 少年は言い訳っぽく応えた。


*言葉、本

「生員どのって、曼珠国の本は読めるのに曼珠の言葉は話せないんですね」

 少年が言うと

「本は漢の文字で書かれているから読めるんだよ」

と生員は答えた。

「書き言葉と話し言葉が違うってことですか」

「そうともいえるな」

 少年はパティシエ船員が曼珠語が喋れるようになったのに本が読めない訳が分かった。


*生物

「今回、曼珠国で購入した書物のうち、どれが一番よかったですか」

 少年が生員に訊いた。

「“生物学入門”かな、主上も気に入って今度、木槿国版を出すらしいよ」

 生員が応えると

「そうなのよ、図画署が挿絵を描くのよ」

とちょうど来た画員の妻が言った。

 この話を聞いた少年は、扶桑国に売って稼ごうと思ったのだった。











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