第33話 雨音のメロディー

星矢は、翔太の隣でぼんやりと

ペラペラとめくるアルバムを見ていた。

本当はアルバムなんてどうでも良かった。

本音を言ったら、嫌われるんじゃないかと思って翔太には言えなかった。翔太の部屋に行くきっかけができたとただそれだけだった。そばにいて、会わなくなってからどんなふうになったのか気になった。

アルバムよりも今の翔太の方が

気になっている。


何か話しているのを星矢は聞き逃した。


「ーーだからさ、

 この時の翔子髪長かったんだな。

 いつもポニーテールしてるから 

 気づかなかったよ。」


翔太が見ていたのは、部活動でそれぞれ撮ってあるページだった。翔子は吹奏楽部。顧問の佐々木先生の隣にしっかりと映っている。

名前は忘れたが、あと他に女子が5名ほど、

3年生が隣に映っている。


にこにことピースをしている翔子が

そこにはいた。ポニーテールではなく、さらりと髪を流していた。こんなときあったかなと振り返る。一生残るアルバムだからと髪をほどして撮影していたことを思い出す。


「きっと、佐々木先生の隣だからですね。」


「そうかもしんないな。」


「翔子先輩会いたいですね。」


「今は子育てで忙しいだろ。」


「それでも、近況報告したいものです。

こうやって、翔太先輩に会えたのですから。」


星矢は、アルバムを見て懐かしむ。

一緒に過ごしたあの昼休みはかけがえのないものだった。母の死という悲しみにより、いろんなことが変わってしまった。


星矢の周りの人間関係ももちろん。

父親との関係性も前よりも濃密になり、関わり方に困惑した。それまで接することが短かったため、親子であっても緊張していた。


翔太と翔子はそれ以上にリラックスして接していたと思うと、家族より仲が良かったと思い返す。


「俺も、本当は、

ずっと星矢に会いたかったんだよなぁ。

連絡しても既読スルーになってたからさ。」


「あ、あの時は本当にごめんなさい。

スマホを水没させてしまって、データのバックアップも取ってなかったもんですから、ほとんどの人に連絡できなかったんです。」


「だったら、地元に帰ってきてもいいじゃないか。そんなに東京の友達との生活が楽しかったのか?」


「……んーまぁ。そんなところです。

小型犬のように関わってくれる坂本くんが

僕のことを転校してからすぐに助けてくれていて…先輩のことを忘れていたわけじゃなかったんですが、東京の学校に夢中でしたね。」


「犬のよう…。」


「そ、そうなんです。

パピヨンって知ってます?

耳が長い感じ。

犬って忠誠心ありますよね。

本当犬みたいなやつで……。

ん?翔太先輩?」


 翔太は、頬をひくひくとさせて

 その話は聞きたくないというような

 不機嫌な顔をした。

 星矢は、それに気づかずに

 どうしたんだろうと顔の前に

 手を降ってみた。

 パシッとボールをつかむように 

 星矢の腕を左手でおさえた。

 翔太はサウスポーだった。


「せ、先輩?」


 ぐっと顔を後頭部をおさえて、

 手前に寄せた。

 唇にあたたかいものが触れる。

 さっき飲んだコーヒーの香りが

 漂った。

 顔と顔が目の前にある。

 頬を赤くして、目を丸くする。


「お、俺の前で、

そのパピオンだかなんだか

わからないやつの話しないで。」


「……あ、あのすいません。」


後頭部に手をあてて、

ぺこぺことお辞儀をして

謝った。まだ頬が赤い。

何が何だかわからなかった。


冷静になり、また見つめ合う。


「俺、星矢のこと一度も忘れたことないから。」


「……あ、そ、そうだったんですか。

嬉しいです。ずっと離れていたのに

そう思っていてくれていたなんて…。」


その言葉を聞いて安心したのか、翔太は

星矢をぎゅっと自分の体に寄せて

抱きしめた。


がっちりとした体が細い星矢の体を

包み込んだ。


優しくて温かった。


ほんわかと心が満たされた。


今度は、星矢から翔太の頬に

そっとキスをした。


「もう、他は見ませんから。大丈夫です。」


翔太は星矢の顎をくいっと引いて

また口づけた。


背中に翼が生えたように高揚した。


お互いにホクホクと心が満タンになった。


外はまだ雨が降っている。


窓にあたる雨の音が何かのメロディーに

聞こえてくるようだった。

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