第20話 翔太に包み隠さず打ち明ける

「ごめんなさい、今、麦茶しかなくて…。」


 星矢は、誰もいないリビングに

 翔太を招き入れた。

 台所から持ってきたコップに麦茶を

 注ぎ入れた。


「あ、どうも。

 お構いなく…。」


「あ、そういや。

 ウチに来るって初めてでしたよね。

 いやーすいません、

 めっちゃ散らかってて。」


 星矢は慌てて、テーブルの上に

 散らかったチラシや新聞、

 床には、干し終えた洗濯物が乱雑に

 置かれていた。



「ああ、いや、いいよ。

 そのままで。

 見てみないふりするから。

 それより、麦茶、いただきます。」


「あ、はい。

 どうぞ。」


 星矢は、片付けようとした体を

 落ち着かせて、椅子に座った。


「大変だったな。

 お母さん、倒れたって。

 入院になったのか。」


「あ、はい。

 そうなんです。

 父が、単身赴任してて、

 なかなか帰ってこれなくて

 僕が家のことしてるんです。

 妹いるんですけど、妹の世話というか

 まぁそんな感じですね。」


「学校も落ち着いて通えないよな。

 おばあちゃんとか頼れないのか?」



「それが、母方の祖母は

 だいぶ前に他界してるのと、

 父方の祖母は他県で介護施設に入所してて

 もう頼れないんです。」


「なるほどね。

 それは大変だ。

 長男の星矢がやらなきゃないって

 感じになってるのね。」

 

 翔太はずずっと飲んだ。


「母は、年取ってから僕を産んだからとか

 言ってたので、祖母との年齢のことも

 考えられなかったって言ってましたね。

 まぁ、そういう人生です。

 学校退学になっても

 あとから定時制でも

 通って挽回しようかなって

 考えてましたし。」


「…そこまでなのか。」


「でも、今は、学校行ってる暇がなくて…

 母の容態も怪しいですし。

 ……母が死んだらどうしようって。

 涙出す予定じゃなかったんですけど。」


 星矢は話していくうちに 

 担当医の話を聞いて余命が3ヶ月と

 診断されたことを思い出した。

 母が亡くなるかもしれないと考えただけで

 悲しくなる。


 翔太は、星矢の気持ちを汲み取って、

 自分の胸に星矢の顔を埋めた。


「な、泣きたい時は泣いていいんだ。

 男でも女でも関係ねぇ。

 感情は出すべきだ。

 赤ちゃんから泣いてきたんだから。な。」


 翔太は、星矢の頭にそっと手を添えた。


「あ、ありがとうございますぅぅ。」


 お礼を言いながら、さらに涙を流した。


「うん、よしよし。」


 今は、このままこうしていたい。

 忙しい時間から解放された気分だ。

 

 

 すると、玄関からドアを開ける音が

 聞こえた。



「ただいまぁ!」


 妹の亜弥が帰ってきた。


「あ、亜弥、おかえり。」


 涙を拭って、星矢が声をかける。


「あ、あれ、すごいマッチョなお方。

 どなた?」


「あ、学校の先輩だよ。

 挨拶して。」


「こんばんは。

 兄がお世話になってます。

 妹の工藤亜弥です。」


「あ、はい。はじめまして、

 3年の竹下翔太です。

 星矢にはもったいないくらい

 かわいらしい妹だ。」


「え、そんな、初対面で

 褒めてくれるんですか。

 何も出ないですよ。

 あ、チロルチョコはあった。

 どうぞ。」


 亜弥は制服のポケットから

 翔太にチロルチョコを差し出した。


「ど、どうも。」


「亜弥、今日、部活は?

 ジャージ着てないね。

 サボったの?」


「いいでしょう。別に。

 私だって、付き合いあるんだから。」


「え、亜弥ちゃんは何部?」


「聞きます?聞きたいですよね。

 ソフト部です。

 先輩は何部ですか?」


「マジか、ソフト部か。

 ポジションどこ?

 俺は野球部ピッチャーだぞ。」


「うそ、翔太先輩、

 野球でこの筋肉

 マジやばくないですか?

 すっげー。

 わたし、ポジションはキャッチャーっす。

 最近、ピッチャーと喧嘩して、

 部活行きたくないっすよね。」


 亜弥は、ぷにぷにと翔太の腕を触る。

 星矢はそれを見てイラッとした。


(僕でも触ってないところなのに。)


「喧嘩、それは大変だな。

 仲直りできるといいけどな。」


「先輩、亜弥は気が強いから。

 手が出ちゃう。

 それはやめろって指導したら、

 逃げることを覚えちゃって。」


「あー、そうなったのか。」


「タイマン張りたくないっすもん。

 傷つくのいやだし、

 逃げるが勝ちってあるじゃないですか。」


「…そうなると、話は先に進まないけどな。

 中学生、とりま、頑張って。」


 翔太はめんどうになったのか

 話を終わらせた。

 星矢は安堵した。


「星矢、俺もできる限り協力するから

 無理だけはするなよ。」


「はい。

 ありがとうございます。」


「え?

 私の話は終わり?」


「亜弥ちゃんは社会勉強頑張って。

 友達との関わりね。

 んじゃ、お邪魔しました。」


 翔太は玄関で靴を履いて、外に出た。

 星矢は追いかけるように一緒に外に行く。


 亜弥は、リビングのソファに座った。




「突然来てごめんな。

 忙しいのに。」


「いえ、大丈夫です。

 先輩に会えて息抜きできたので

 嬉しかったです。」


「そっか。

 いつでも連絡していいから。

 迷惑だなんて思わなくてもいいからな。」


「は、はい。

 そう言ってもらえると

 助かります。」


翔太は自転車に乗って家路を急ぐ。

その姿を星矢は見えなくなるまで見送った。



夜空にはカシオペア座の星が輝いていた。

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