第45話(渚視点)むかつく

「あり得ないんだけど……!」


 大声で叫び、何度も枕を殴りつける。しばらく枕を殴っていたら、ようやく落ち着いてきた。


「……なんで桃華、草壁とデートするとか言ったわけ?」


 二人のデートはまだ決まったわけじゃない。だが、私がテストで勝てばいいだけの話……ではないのだ。

 桃華が草壁とデートをしてもいいと言ったこと。それ自体が大問題だから。


 どういうつもりで桃華、草壁の提案を受け入れたわけ?


 桃華が草壁のことを好きなはずがない。

 それなのにどうして、デートをするなんて言ったんだろう。


 ゆっくりと息を吐いて、今の状況と自分の気持ちを整理しようとする。

 でも、頭が上手く動いてくれない。


「桃華の馬鹿」


 あの場でちゃんと、デートの誘いを断ってくれたらよかったのに。

 私が嫌がるって思わなかった? そんなわけないよね。絶対、分かってたはず。


 もう一度枕を殴った後、深呼吸をして心を落ち着かせる。


 むかつく。むかつくけど……冷静に考えたら、桃華が草壁とデートに行くのを拒む権利なんて、私にはないんだよね。


 私と桃華は幼馴染で、親友だ。でもそれだけじゃなくて、普通の友達同士ならしないようなキスだってした。

 だけど私たちの関係性を表す名前は、まだ幼馴染のまま。


 幼馴染ってだけじゃ、桃華をずっと縛ることなんてできない。


 草壁とデートなんてしないで、と泣いて喚けば、桃華はすぐに約束をなかった事にしてくれるだろう。

 桃華は私のことを優先してくれるに決まっている。


 だけどこの先、ずっとそう言い続けるだけでいいのだろうか。

 納得できる理由もないまま、桃華を縛り続けるだけでいいのだろうか。


 ……もし、私と桃華が恋人同士だったら?


 恋人なら、他の人とデートをしないで、と堂々と言える。

 キスをするのも、それ以上のことをするのも普通のことだ。


「桃華と付き合えたら……」


 いつか桃華が彼氏を作って離れていくんじゃないか、なんて心配せずに済む。

 桃華を独占して、正式に私だけの物にできる。


「でもこれって、恋なの?」


 桃華を他の誰にも渡したくない。誰にも触ってほしくないし、触られてほしくない。

 私以上に大切な人なんて作らないでほしい。

 いろんな表情を見たい。私しか知らない桃華の顔を、もっともっと見たい。


 他人から相談を受けていたら、きっとすぐにこれは恋だと断言しただろう。

 でも元々、私たちは幼馴染で、すごく距離が近いのだ。


 溜息を吐いたところで、ぷるるっ、とスマホが鳴った。

 慌てて画面を確認する。桃華からの電話だ。


「もしもし?」

『あ……渚。今、ちょっといい?』

「うん。どうしたの」

『今日のこと。なんか、優希くんとテストで競わせることになっちゃってごめんね』


 優希くん、と桃華が口にするだけでイライラする。


「……なんであんな条件、飲んだの」

『渚が嫌がってたから……あの条件なら、渚も勉強に気合いが入るかなって』


 確かに、それはそうかもしれない。賭けるものが昼食やお菓子の類だったら、私が早々に勝負を投げていた可能性もある。


「じゃあ、私のため? 草壁とデートしたいわけじゃないんだよね?」

『そうだよ』


 桃華の返事に安心する。でも、まだ納得したわけじゃない。


「……もし私が負けたら、本当にデートするの?」

『まあ、約束はしちゃったしね』


 なにそれ。草壁との約束って、そんなに守らなきゃいけないものなの?

 私がこんなに嫌なのに?


「桃華」

『なに?』


 草壁とデートする桃華を想像するだけで、怒りで身体が震える。

 調子に乗った草壁がいきなり手を繋ぐかもしれないし、それ以上のことを求めるかもしれない。


 桃華って結構、流されやすいところもあるし……。

 そもそも、桃華が私じゃない誰かと二人きりの時間を過ごすこと自体が嫌でたまらない。


「明日から毎日、勉強教えて」


 二人のデートは、なんとしてでも阻止する。

 今の私にとって、これはなによりも大切なことだ。

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