第43話 未来も変わってる……よね?

 もうすぐリレーが始まる。これが、体育祭の最後の種目だ。


 渚、やけに気合い入ってたな。

 転んだりしないといいけど……。


 このリレーで、体育祭の決着がつく。でも正直、私にとってはどの団が勝つか、なんていうのはどうでもいいことだ。


 体育祭の目標は、渚と草壁を近づけないことだから。

 そういう意味では、今のところ順調だ。


「……さすがにリレーは、私はできないんだよね」


 渚と草壁は違うチームだ。でも、整列場所は近い。なにか二人で話しているんじゃないかと思うとそわそわしてしまう。


「ていうか、渚……」


 いや、だめだ。こんなところで思い出しちゃいけない。


 そう分かっているのに、つい、先程のキスを思い出してしまう。いつ誰がきてもおかしくないような場所で、私は渚と深いキスをした。


 もしあの時、誰かがきていたらどうなっていたんだろう。それこそあの場所に、草壁がきていたら?

 いや、草壁ならまだマシだったのかもしれない。見ず知らずの人に見られて、おもしろおかしく噂を流されてしまったら?


 いろんな不安が頭を支配していた。でもあの時、誰かがきてしまいそうなあの場所で、私は間違いなくどきどきしていた。

 興奮していたのだ、あそこで渚とキスをすることに。


「……ああ」


 ゆっくりと息を吐き、頭を抱える。リレーが始まる直前だから、応援団のみんなも盛り上がっているというのに。

 救護係という名目があって助かった。今応援席にいても、冷静さを保てるはずがないから。





 渚は第一走者だ。赤いバトンを持った渚が、真剣な表情でリレーが始まるのを待っている。


 大きい発砲音がして、リレーが始まった。渚は勢いよく走り出す。周りと比べても渚の足は速くて、あっという間に差をつけていた。


「……頑張れ」


 小さく呟いてみる。でも私のそんな声は、周りの大歓声にすぐかき消されてしまった。


 前の人生でも私、大声で応援できなかったんだよね。

 リレーが終わった後に、ハイタッチする渚と草壁を眺めることしかできなかった。


 だめだ。ちょっとでも、今を変えなきゃ。


「渚ー! 頑張れー!」


 精一杯の大声を出す。渚に届いたかどうかは分からない。でも、周囲の人がぎょっとした視線を向けてくるくらいには大きな声が出たみたいだ。


「渚ー!」


 もう一度名前を叫ぶ。次の人にバトンを渡し終えた渚が、私の方を見た。

 渚の表情なんて見えない。でも、右手を大きく上げてくれたのは見えた。


 私の応援、ちゃんと渚に届いたのかな。


 リレーが終わったら、ちゃんとすぐに渚のところに行こう。正直、どんな顔をすればいいのかは分からないけれど、でも、渚と草壁が二人で話すのが嫌だから。





「渚、おめでとう!」


 渚のチームは、無事一位をとった。ちなみに、草壁のチームが二位。リレーで一位二位を独占した紅組の勝利だ。


「桃華ちゃん、俺は?」


 拗ねたような表情で、草壁が私と渚の間に割り込んでくる。すると渚が、少し怒ったように草壁を押しのけた。


 ……今、渚、草壁に触った。


 ただ、邪魔だからどけようとしただけだ。分かっている。だけど、嫌なものは嫌だ。


「おめでとう、優希くんも」

「ありがとう、桃華ちゃん」


 桃華、と渚がむすっとした声で私を呼んだ。

 そして、満面の笑みで私を見る。


「桃華、私の名前呼んでくれたでしょ」

「聞こえてた?」

「うん。桃華があんな大声出すと思ってなかったから、嬉しかったよ」


 よかった。私の声は、ちゃんと渚に届いてたんだ。

 前の人生の体育祭とは、全然違う。


「桃華が応援してくれたから、いつも以上に走れた気がする」

「……よかった」

「来年も応援してね。再来年も。別々の組になっても、ちゃんと私を応援して」

「うん。渚のこと、応援するから」


 満足そうに頷いて、渚が私の手をぎゅっと握った。


「行こ。閉会式、始まっちゃう」


 そのまま、渚が走り出す。リレー直後だというのに、疲れた様子が全くない。渚に手を引かれたまま、私は集合場所へと向かった。

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