第38話 思い出になる

 暑い。暑すぎる。今すぐ家に帰って、冷房の効いた部屋でかき氷でも食べたい気分だ。


「桃華、大丈夫?」

「あっ、うん。ちょっと暑いだけ」


 私が答えると、渚が手に持っていたうちわで風を送ってくれた。ありがとう、と返すと、さらに強くうちわを振ってくれる。


 私たちは今、救護係のテントにいる。テント内で待機していればいいだけだから、他の係に比べると楽な仕事だ。

 だが、ずっとテントにいられるわけではない。応援のためにテントを出て、炎天下の中声を出したりすることもある。


 やっぱり応援団なんて、柄じゃなさすぎる。

 なにも仕事がなくても、暑いだけで毎年くたびれてたのに。


「もうすぐ、桃華の出番でしょ」


 プログラムが印刷された紙を見ながら、渚が言った。


「うん」


 参加する種目の数は人によって違う。少なくとも、なにか一つには参加しなければならない決まりだ。

 私が参加するのは、玉入れである。


「玉入れのジャンケンで勝った時の桃華、面白かったなぁ」


 思い出したのか、渚がくすくすと笑う。やめてよ、と言ってもやめてくれない。


 ジャンケンに勝って無事玉入れに参加できることが決まった時、私は思いっきりガッツポーズをしてしまった。


 玉入れが大好きでどうしてもしたかったから、じゃない。他の競技をやりたくなかったからだ。

 大勢に紛れられるのは、玉入れか綱引き。

 だが綱引きは、非力な私が足を引っ張っていることが分かりやすい。


 玉入れしか選択肢がなかったのよね。


「応援してるから!」

「ありがとう」

「大声で名前呼ぶね」

「それはやめてよ、恥ずかしいから」





 やめてって、私、言ったよね?


 背後から聞こえてくる大きな声援に、溜息を吐く。


「桃華! 頑張れ!!」

「桃華ちゃんならできるよ!」


 渚と草壁だ。しかも迷惑なことに、二人は競い合うように声をどんどん大きくしている。


 玉入れでこんなに個人が応援されるなんて、目立っちゃうじゃない。


 今すぐやめてほしいけれど、やめて! なんて叫べば余計に目立ってしまう。

 諦めて、玉入れが始まるのを待つしかない。





 終わった。

 しかも、大声援を受けたわりに、ちょうど真ん中の成績だった。


「おつかれ、桃華!」


 テントに戻ると、笑顔の渚に迎えられた。写真撮っといたから、と玉を投げている私の写真を見せられる。


「……こんな写真、撮らないでよ」

「えー、いいじゃん。思い出でしょ? いつか撮ってたことに感謝するから!」


 そんなわけない……と言いかけて、私は固まってしまった。

 結婚式の準備をしている渚に、「高校時代の写真持ってない?」と聞かれたことを思い出したからだ。


 私が行くことのなかった結婚式。

 そこでは、渚と草壁の高校時代の写真もたくさん使われたのだろうか。

 そもそも渚は、私が死んでも無事に結婚式をやれたのだろうか? 渚はいつ、私が自殺したことを知ったんだろう。


「桃華? 急にどうしたの?」

「……ううん、なんでもない。確かに写真は多い方がいいなって思っただけ」

「でしょ?」


 渚が笑って、不意に私の写真を撮った。きっと写りは悪いだろう。

 でもまあそれも含めて、思い出になるのかもしれない。


「そろそろ、渚も出番でしょ」

「うん、大声で応援してね?」

「……大声かは分からないけど、応援はするよ」

「じゃあ、行ってきます!」


 大きく手を振って、渚はグラウンドに向かった。

 渚の参加種目は、借り物競走である。

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