第36話 誰よりも

 いよいよ、今日は体育祭本番だ。

 天気予報通り晴れた空には、雲一つない。本音を言えばもう少し曇ってほしかったけれど、雨よりはずっとマシだ。


「これでいいかな」


 鏡を見て、ヘアクリップの位置を少しだけ修正する。

 渚とおそろいで買ったヘアクリップだ。

 髪型もおそろいにしたいよね、という話になって、今日はハーフツインだ。これなら、長さが違う私たちでもおそろいにできる。


 汗で化粧が崩れてしまわないように、いつもとちょっとだけメイクを変えた。今日はずっと、可愛い私でいたいから。


 前の人生では、この応援団の練習で渚は草壁と仲良くなった。そしてその後、二人で遊ぶようになって、夏休みに草壁から告白し、二人は付き合ったのだ。

 今は違う。だから、私はちゃんと、未来も変えられているはず。


 今日も、二人の距離が急に近づくなんてことがないようにしないと。

 それから、渚にもいっぱいアピールをしていかないと。


 渚は、私に対して独占欲がある。キスやその他の触れ合いに嫌悪感はないらしい。


 問題はここから、どう進展させるかだ。





「桃華、写真撮ろ!」


 会ってすぐ、渚がそう言ってスマホを構えた。


「朝が一番可愛いんだから、ちゃんと写真撮っとかないと」

「うん」


 何度か写真を撮った後、渚が満足そうに頷く。行こ、と言って、渚は自然に私の手を握った。

 別に、親友同士で手を繋ぐなんて当たり前のことだ。


 だけど。


「桃華、もしかしてドキドキしてる?」


 からかうように笑って、渚が私の顔を覗き込んできた。渚の瞳に映る私はみっともなくうろたえている。


 二回目の人生なのに、私には全く余裕がない。


「……そうだ、って言ったら?」


 震える声で返すと、渚は驚いたように目を丸くした。そんなことないよ、とでも返されると思っていたのだろうか。


「そうだなぁ……こうする、かな」


 繋いでいる手を、渚が急に恋人繋ぎにしてきた。何も言えなくなった私を引っ張って、早足で歩き出す。


「学校着いたら、学ランでも写真撮ろうね」

「……うん。撮る」


 どくん、どくんと心臓がうるさい。


 私ばっかり、渚にどきどきしちゃってる。

 どうすれば私も、渚をどきどきさせられるのかな。





「髪型、おそろいにしたんだ」


 教室に着くと、草壁がすぐに気づいた。草壁も体育祭だから気合が入っているようで、いつもと髪型が少し違う。


 格好いい……なんて、渚、思ってないよね?


 不安になってつい渚を見てしまうと、渚と目が合った。


「体育祭、頑張ろうね」


 草壁は穏やかに微笑むと、またね、と着替えを持って更衣室へ向かっていった。廊下に出た瞬間に、他クラスの女子に話しかけられている。


 私はずっと、草壁のことが嫌いだった。

 大好きな渚をとった、大嫌いな男。


 でも草壁は……優希くんは、悪い人じゃない。というか、優しくていい人だ。見た目だって格好いい。

 渚が優希くんを選んだのも、今なら分かる。


 渚は……優希くんと結婚して、幸せになれたんだろうな。


 なのに私は、結婚式当日に自殺して渚を傷つけ、過去に戻って渚から普通の幸せを奪おうとしている。


 ごめんね、渚。

 でも私、どうしても、どうしても渚が大好きなの。


「桃華? どうしたの?」

「ううん、なんでも。ちょっと暑くて」

「大丈夫? 少しでも具合悪くなったら、すぐ言ってよ」

「うん。ありがとう」


 渚に好きになってもらって、恋人同士になりたい。

 その願いは、今も変わらない。


 だけど、付き合えたらそれでいい、なんて間違っている。

 私は優希くんよりも、他の誰よりも、渚のことを幸せにしなくちゃいけないんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る