第26話 怖い
応援団の練習は、かなりきつい。もちろん練習内容自体もハードだが、なによりきついのは、グラウンドで練習することだ。
現在は5月中旬と、まだ夏を迎えたわけじゃない。それでも突き刺すような鋭い日差しは、私の体力と気力を奪うには十分である。
「本当、暑い……」
呟いて、溜息を吐く。渚が隣にいればまだ我慢できそうだけれど、残念なことに今日は渚がいない。
数学の小テストで追試になり、教室で追試を受けているから。
渚は嫌がっていたけれど、正直羨ましい。涼しい教室にいられるなら、私だって小テストで不合格をとればよかった。
「なんでこんな暑いのに、長袖着てるの?」
言いながら、草壁が私の隣にきた。渚がいないせいか、いつもより少し距離が近い。
グラウンドの中央では、団長をはじめとする中心メンバーが演舞の見本を披露してくれている。
「半袖だと、日焼けするから」
「日焼け止めじゃだめなの?」
「効果がないわけじゃないけど、完璧とは言えないから」
グラウンドにいる大半の生徒は半袖だ。それでも、みんなかなり汗をかいている。
私は特別暑さに強いわけじゃないから、長袖でいるのは相当きつい。汗まみれで、全身に汗疹ができてしまいそうだ。
「ちょっとくらい焼けたって、可愛いのに」
こういう台詞をさらっと口にできるのは、草壁のいいところなのだろう。
見た目や雰囲気と相まって、がっついている感じもしない。
「ありがとう。でも、焼けたくないから」
知れば知るほど、草壁はいい人でいい男なんじゃないか……と思えてくる。
前の私がこのことを知れば、渚を安心して任せられる、なんて思うのかもしれない。
でもどうせ、私は渚を草壁に任せて自らの人生を諦めるだろう。
草壁がどれだけいい人だろうと、私以外の人間が渚と幸せになる世界では生きていけないから。
「なんでそんなに焼けたくないの?」
「白い方が、似合うかなって」
「ふーん。もしかして、好きな人に言われたとか?」
勘のいい男だ。そう、私が必死になって美白を維持しようとしているのは、渚に白い肌を褒められたからである。
「もしかして、図星?」
「だったら?」
「俺なら日焼けした桃華ちゃんも可愛いって褒めるのにって、立候補しちゃおうかな」
「立候補って?」
危ない。このままでは、草壁のペースに巻き込まれてしまう。
今これ以上踏み込まれるのは、まずい。
「あんまり調子のいいこと、言わない方がいいよ」
草壁の答えを聞くよりも先に、私はそう告げた。
「誰にでも言うわけじゃないけどね」
そう言って、草壁はくすっと笑った。
♡
「桃華!」
練習時間が半分過ぎたところで、渚が慌ててグラウンドにやってきた。
他にも何人かが走ってきているから、応援団にはそれなりに追試組がいたんだろう。
「またこいつと一緒だったの」
草壁を見て、渚があからさまに嫌そうな顔をする。
「そんな言い方ないでしょ」
苦笑まじりに草壁が言うと、渚は不貞腐れたような表情でそっぽを向いた。
「本当俺、藤宮さんに嫌われてるなぁ」
はは、と笑いながら草壁が呟く。それを肯定するように、渚は軽く藤宮を睨んだ。
でも……なんていうか、二人の間に流れる空気は、そこまで険悪じゃない。草壁がおどけたように言ったからだろうか?
「あんたが私の桃華に近づくからでしょ!」
「いやいや、桃華ちゃんを物みたいに扱っちゃだめだって」
二人が睨み合う。私はおいてきぼりになったような気がして、ふらっとした。
まずい。どうしよう。怖い。
二人が仲良くなっちゃうのが、怖い。
そういえば元いた世界でも、二人はこうやっていつも軽く言い合っていたっけ。
喧嘩するほど仲がいい、なんて、他のクラスメートにからかわれていたっけ。
視界がぐらっとする。
「桃華!?」
「桃華ちゃん!?」
二人の焦ったような声が聞こえたのと同時に、私の視界は真っ暗になった。
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