第1話 勇者参上!
そいつの第一印象は最悪だった……、いや最悪だったのは第一印象に限った話じゃなかったのだが、結果的には。
だらしなくズボンからはみ出たシャツ、踵が潰れた跡のある靴、まだところどころ寝癖の跡が残る黒い髪……。
よく”男は見た目じゃない”なんて言うが、身だしなみ一つまともに整えられない男に、ロクな奴がいた試しがない。
確かに見た目だけじゃないのは間違いないのだが、見た目が占める割合は80%といったところ。男は女の事をほぼ100%見た目で判断するのも珍しくないのだから、これでもだいぶオマケしてあげた数字なのだ。
(こんな奴に人類の命運を託すって……マジ?)
奴は勇者、山並=大児(やまなみ=たいじ)。いや、大児=山並だったか? 女神の神託を受け、国王に魔王退治を命じられた男だ。
名前に似合わぬひょろい体つきのこの男は、先ほどから落ち着かぬ様子で視線をあちらこちらに向けている。
「冒険者ローザよ、今日からこの山並の補佐を命じる! 勇者の魔王退治を命がけで助力けせよ!」
ここはアルメリア国の首都、ワーシール城の謁見の間。玉座から立ち上がった王の下知は、膝を折った私の頭上から降り注いだ。
「ははぁっ!」
王の命に逆らう訳にもいかず、そう答える他なかったものの、内心ではまるで乗り気じゃなかった。
チラリと勇者の方を見ると、まるで緊張感がない。王の御前だと言うのに片足に体重を乗せて体を斜めに傾けている。魔王討伐のあかつきには、この男に領地と爵位が与えられると聞いている。が、礼儀一つまともにできない有様では、あっという間に没落する姿が今から目に浮かぶようだ。
彼には既に、私以外にも3人のお供がつけられているが、全員女だ。もしかして、これは勇者がそう希望したからだろうか? みんな美人だし……、いや、一人は美人というにはちょっと幼過ぎるのだが。
「では、後の事は戦士長に任せる!」
王が謁見の間から去り、ようやく私は頭を持ち上げる事を許された。
「戦士長のオーリンです。よろしくお願いいたします」
謁見の間の両脇に控えた騎士達の中からひときわ体格の良い男が、四人の勇者一行の前に進み出たのと、私が立ち上がるのほぼ同時のことであった。
* * *
戦士長に連れられて、私達は城の中庭に移動した。庭の中央には、御大層な甲冑が2つ並べられており、どうやらこれを勇者のデモンストレーションの的にするらしい。
「今日から仲間になるローザに、俺の力の一端を見せておこう。危ないから下がっていたまえ……」
勇者はそう言うや否や剣を引き抜き、剣を十文字に振る。
「フンッ!」
更に追撃で剣を袈裟斬りに振り下ろすと、鎧は六つに切断され、耳障りな金属音を響かせながらバラバラになって庭に散らばった。
「流石だな大児! こないだより腕が上がったんじゃねぇか?」
戦斧を背負った勇者パーティの女戦士が、自慢げに剣をしまう勇者(とは認めたくない冴えない男)に駆け寄る。
「ふっ、少し能力の扱い方に慣れただけさ」
勇者はそう言って前髪を片手でかき上げるが、寝癖の残った頭では様になっていない。
「ご謙遜を。女神に与えられた力に驕ることなく研鑽を続けておられるとは、頼もしい限りですわ」
と、同じくパーティの女僧侶。彼女の持つ光を模した金の杖が、庭を照らす日の光を反射して、さっきからちょっと眩しかった。
パチパチパチパチッ!
パーティの幼い女魔法使いは、満面の笑みで勇者を褒めたたえる拍手を惜しみなく送っている。
(あ、これ、あたしもコイツを褒めた方がいい流れだ)
私はいつもの営業スマイルを瞬時に作り出し、勇者に見せてやる。
「勇者様の事は伝説として伝え聞いておりましたが、実際に見ると、やはり違うものですね。
驚きました!」
まぁ、少なくとも嘘は言っていない。勇者がいい男でなかったのは計算外だったが、対魔王兵器として申し分ない事が確認できただけでも安心だ。
たとえコイツが男としてはカス以下でも、魔王を討伐できたなら私にも2500万マニーもの報奨金が出る。2500万マニーのためと思えば、一時の間コイツと同じ空気を吸ってやるのも我慢できるというものだ。
「つぎは魔法だな」
勇者は気取ったポーズで、残った鎧に右の掌を向ける。
「ムン!」
冴えない男の掌から炎がほとばしり、鎧を包み込んだかと思えば、炎の竜巻が天までそびえ立つ。
ゴオオオオオォォォォッ!
(うわ……)
私は思わず手で頭を庇った。突然熱風が押し寄せて来たので、自慢の鮮やかな紫髪を焦がされるのかと思ったのだ。
「ふふふ……」
勇者は得意げに微笑んでいるが、熱風を堪えているこちらとしては迷惑でしかない。さっさと魔法を止めて欲しいのだが、勇者は私達四人が炎に驚愕している様をひとしきり見渡し続けている。
(いつまで続ける気だよ? これじゃ、せっかくのお庭が火事になっちゃうじゃない!)
数秒後、勇者はようやく満足したのか掌をゆっくりと閉じ、炎の渦を消し去った。
「無詠唱魔法だ! すっごーーい!
あたしでもまだ上手く使いこなせないのにぃ!!」
「ふふ、アリスが俺に魔法を教えてくれたからだよ」
パーティメンバーの魔法使いが、はしゃいで勇者に飛びついる。しかし勇者の魔法がここまで強力なら、あのお子様魔法使いは、もう必要ないのではないだろうか?
* * *
「へぇ、あんた盗賊だったのか。罠や鍵開けの専門家が不在だったから助かるぜ。
よろしく頼むよローザ」
食堂の机をへだてて私の正面に座った女戦士が、私の手を握る。
彼女の名はワンダ。ウェーブのかかった赤い長髪と浅黒い肌、そして筋肉質の引き締まった体が特徴的な美人だ。
赤紫の目立つ鎧を身に着けているが、その下には何も服を着ていないらしく、二の腕とふとももが露わになっている。
最初に勇者の仲間になったのが彼女で、彼の剣術指南役も兼ねているらしい。
「ローザさんの事は、戦士長さんが昨日説明して下さったばかりじゃない。もぅワンダったら、昔っからそそっかしいんだから、しょうがないわねぇ」
女僧侶が、ワンダさんを肘でつつく。
彼女の名はマリア。ワンダとは対照的な前髪を切り揃えたストレートの青い長髪が特徴的な、色白でスレンダーな美人だ。
白とエメラルドグリーンを基調とした法衣に身を包み、手に持つ金色の豪勢な杖からは、教会内での序列の高さがうかがい知れる。
彼女はワンダと旧知の仲らしく、その縁もあって勇者パーティに加わる事になったらしい。
「勇者のお兄ちゃんがいないの、つまんなーーい!!」
不意に女魔法使いが大声を上げる。
彼女の名はアリス。勇者が城に出入りする内に仲良くなった貴族の娘だ。年齢は少なくとも14才未満といったところか。金髪をツインテールに結わえ、ふりふりの飾りの付いたオレンジ色のローブを着ている。そして貴族の娘らしく超わがまま!
魔術に優れていたため、勇者の希望もあってパーティ入りする事になったらしいけれど、彼女のメンタリティが冒険者に向いているとはとても思えない。
「勇者様は王様とお食事中ですから、仕方ないですよアリスさん」
「つまんない! つまんない! つまんなーーい!」
マリアさんがなだめようとするも、アリスはますます癇癪を酷くするだけだった。
(恥ずかしいなぁ……)
ここは、城の大食堂。勇者が王様に呼ばれたため、残された私達パーティメンバーはここで食事を取る事になったのだが、こうも騒がれては周囲で食事をしている兵士達の視線が痛い。お皿を下げに来た給仕のおばさんまでが、固まってしまっている。
それにしても、あの勇者のどこがいいのだろうか? あいつの顔を見ながら食事をしなくて済んで、こっちはせいせいしているというのに……。
(こうなったら、直接聞いてみようかな?)
私は机に乗り出して、アリスの顔の高さまで目線を下げて微笑む。
「ねぇねぇ、アリスさんは、勇者様のどこが好きなの?」
「全部ーー!!」
機嫌を直して笑顔で答えてくれたのは良いのだが、私の質問に対する回答にはなっていない。
「アリスさんは、魔法でお人形を操って遊ぶのが好きなんですけど、それに勇者様が興味を示しまして……、それで仲良くなったらしいんです」
「人形?」
「ええ、勇者様はフィギュアと呼ばれる精巧で芸術的な人形をコレクションしておられたと聞いておりますわ」
私の質問には、アリスの代わりにマリアさんが答えてくれた。
しかし、女の子のお人形遊びに興味を示すとは、どこまでキモイんだあの勇者は?
「お兄ちゃんは、お人形さんの着せ替えも上手いんだよーー」
その情報は聞きたくなかったぞ、アリス……。
「ワンダさんはなぜ勇者様のパーティに加わったの? あたしと同じ様に王様から呼ばれたの?」
アリスにすっかり興味を失った私は、逃げるようにワンダさんに話をふってみた。
「俺か? ああ、俺も同じようなもんだぜ。なんでも腕の立つ女剣士を探していたんだそうだ。
俺としても自分より強い男を探してたし、大児と出会えて本当にラッキーだったぜ!」
マジか?! 男を選ぶ基準が”強さだけ”なんて、原始時代の女の価値観じゃないか!!
脳筋(脳まで筋肉)の女に出会うのはこれが初めてだが、みんなこうなのか? これじゃあ、脳筋の男の方が余程マシと言わざるを得ない。
(グラマーな美人なんだし、彼女の頭の中身さえもっとまともなら、きっと幸せな人生を歩めていただろうに……、もったいない)
「あたしは、ワンダに誘われたのよ。やっぱり、腕の立つ女僧侶を探していたってお話でしたわ」
どうやら、このパーティで友達になれそうなのはマリアさんだけのようだ。
(それにしても、なんでわざわざ女ばかり集めたのだろう? ……もしかしたら)
「ねぇ、勇者様があんなに強いのに、あたし達って本当に必要なの? かえって足手まといになってしまうんじゃないかしら?」
3人にそれとなく尋ねてみる。
もし魔王を倒す戦力としてではなく、勇者にあてがう女として私達が集められたとしたのなら、話がまるで違ってくる。あの勇者の身体を許す覚悟など、この私には全くないのだから。
「勇者様は異世界から転生されて来たから、この世界には不慣れなのよ。
日常生活の知識もモンスターの知識もないし、元の世界では剣を使った事も、魔法を使った事もないそうだから、案内役として私達が必要になったという訳ですわ」
「え? いっ異世界っ!! あ、ああ、それで……」
マリアさんのその言葉で、ようやく私は”女だけが集められた理由”にたどり着く事ができた。
にわかに信じがたい事だが異世界人であるのなら、この世界やこの国に対して愛着など一切ない筈だ。であれば、いつ嫌気がさして魔王討伐を諦めてしまうとも限らない。
だから、勇者にこの世界の事を教え、魔王にけしかける役割を担わせるため、女が集められたという訳だ。
慣れぬ異国の地で親身に自分を世話する女達に急かされれば、勇者も途中で投げ出したりすまいと、そんな計算が裏にあるに違いない。
そしてそれは、私以外の3人が派手というか、冒険者らしからぬ華のある鮮やかな恰好をしている理由でもあるのだろう。マリアさんはまだともかく、少なくとも残りの2人はわざとやってるとしか思えぬあざとさだ。間違いない。
私とて盗賊であるが故に目立たぬ灰色のシャツとズボンを着てはいるものの、美貌には自信がある。後ろ頭で紫色の髪を結わえた私の顔は、やや幼い印象を与えるものの男心をくすぐるものであるらしい。現に私は、この顔で何人もの男を惹きつけ、落としてきたのだ。
(つまり適当にあの勇者をおだてて、その気にさせ続ければいいって事ね)
やるべき事がはっきりすると、途端に気が楽になっていた。
「やぁ、待たせたねみんな」
ようやく戻ってきた勇者は、こちらの思惑も知らずに陽気な声をかけてくる。
「お帰りなさい勇者様」
勇者の鼻から毛がはみ出ているのを見上げながら、私は得意の愛想笑いを機械的に返していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます