霊感委員長は幽霊部長に憑依される

川上 とむ

第1話 我が部の幽霊部長


 うちの部室には、俺にしか見えない幽霊さんがいる。


その名は雨宮あまみやみやこ。かつてこのイラスト同好会で部長を務めていた人らしい。


「あ、まもるくん、その絵、なんか顔のバランスがおかしいよ」


 唯一コミュニケーションが取れる相手ということもあって、彼女は俺との距離が異常に近い。今この瞬間も肩を密着させていて、時折その短めの髪が俺の頬に当たる。


 幽霊だから他人に見えないし声も聞こえない。それなのに俺は彼女と話せ、触れることができる。本当に不思議だった。


「ねえ、内川君、ここの問題わかる?」


 そんな俺の対面で数学の宿題に四苦八苦しているのは、同じクラスの委員長であり、イラスト同好会所属の汐見しおみほのかさんだ。


 実家が神社ということも関係しているのか、彼女は多少の霊感があるらしく、時々幽霊部長の存在を感じ取ることがある。


「ほのかっち、それくらい自分で考えなきゃダメだぞー。ふぅーっ」


「はうぅっ……!?」


 教科書を俺に向けてきた汐見さんの耳に、部長が息を吹きかける。その吐息を感じたのか、汐見さんはぞくぞくとその身を震わせていた。


「ち、ちょっと内川君、変なイタズラしないでよ」


「いや、俺じゃないから……きっと、幽霊の仕業だよ」


「まーた、そんなこと言って! 幽霊なんていないよ!」


 いや、あなたの真横に超絶笑顔の幽霊さんがいるんですが……反応が楽しいからって、部長もイタズラは程々にしてほしい。


「うっす」


 ……その時、部室の入口から一人の男子生徒が顔を覗かせた。


 彼は三原翔也みはら しょうや。汐見さんの幼馴染で、彼女と同じくイラスト同好会のメンバーだ。


 彼は面倒見がよく、ちょくちょく他の部活の雑用を引き受けている。


 今日は確か、オカルト研究会の倉庫整理を手伝うと言っていたけど……もう終わったのかな。


「二人とも、面白そうなもんを見つけたぞ」


 そう言う翔也の手には、真っ黒な表紙に白い六芒星のついた怪しげな本が握られていた。


「ちょっと翔也、何その本」


「オカ研の倉庫に眠ってた。二十年以上前のオカルトブームの時に発行された本らしい」


 彼はどこか楽しげに言って、本を開く。


 部長も興味津々といった様子で、近くに駆け寄ってページを覗き込んでいた。


「おっ、異世界の魔物を喚び出す方法とか書いてあるぞ。今夜あたりやってみるか」


 嬉々として言う翔也に対し、汐見さんは「オカルトだぁー」と呆れ顔だった。


「……くそー、美女の生き血が必要だってよ。この儀式は無理だな」


「わたしを見ながら、これみよがしに言うんじゃなーい!」


 意味深な視線を向けられた汐見さんは、教科書を投げつけんばかりの勢いで言う。


 それを軽くいなしながら、翔也はページをめくっていく。


「へえ、幽霊を憑依させる方法なんてあるのか」


「それって十円玉を使うやつ? 小学校の頃、女子の間で流行ってたけど」


「いや、この首飾りをして、呪文を唱えるだけの簡単お手軽な降霊術らしい」


「ほう。降霊術!」


 思わず尋ねると、翔也からそんな言葉が返ってきた。それと同時に部長の目が輝く。


「簡単、お手頃……そんなもんで幽霊が降りてきたら苦労しないって」


 汐見さんはノートに視線を戻すも、翔也はそんな彼女をじっと見続けている。


「……ちょっと待って。その降霊術、もしかしてわたしがやるの!?」


「神社の娘だし、俺はほのかが適任だと思ってる。家でそういうのやらないのか?」


「お父さんが時々やってたような……いやいや、だから幽霊なんていないって!」


「とりあえず、やるだけやってみようぜ。暇だし」


「わたしは暇じゃなーい! 宿題してんの!」


「護くん、私やってみたい!」


 幼馴染二人が言い争いをする中、部長は俺を期待に満ちた目で見てくる。


 彼女の声は俺以外には聞こえないのだけど、幽霊から直々にお願いされるなんて思わなかった。


「ねー、内川君も何か言ってやってよー」


 悩んでいると、タイミングを合わせたように汐見さんが話題を振ってきた。


「お、俺も少し興味ある、かな……」


 少し考えて、俺はそう口にする。


 決して、部長からの圧力に屈したわけじゃない。そう、決して。


「へへっ、こりゃ多数決で負けたな。ほのか、頼んだぜ」


「ほ、ほんとにやるのぉ……?」


 どこか毒々しい色合いの首飾りを汐見さんに手渡しながら、翔也は満面の笑みを浮かべる。


 一方の汐見さんは、嫌そうな顔をしながらも首飾りを身に着け、椅子に腰を下ろす。


 強く頼まれると断れないのは、彼女の性格らしい。


「そうだ護、ここはいっちょ、賭けをしないか?」


「賭け?」


「ああ、本当に幽霊が降りてくるかどうかさ。勝ったほうが負けたほうにジュース奢るんだ」


「……わかった。じゃあ、俺は降りてくるほうに賭けるよ」


 やる気満々の部長を見ながらそう答える。今の彼女なら、きっとやってくれるはずだ。


「そーか、なら、俺は降りてこないほうに賭ける」


「言い出しっぺのくせに、降りてこないほうに賭けるんかーい!」


 俺たちのやり取りを聞いていた汐見さんが、翔也を睨みつけながら叫ぶ。


「だって、ほのかだしなぁ。幽霊も逃げ出しそうだ」


「むっかー! 絶対降ろしてやる!」


 さっきまで幽霊なんていないと豪語していたのに……まんまと口車に乗せられていた。


「私、入れるかなぁ……わくわく」


 そんな二人をよそに、俺の隣に立つ幽霊さんは降霊の儀式が始まるのを今か今かと待っていた。


「でもさ、このままだと、わたしにメリットなくない?」


「そうだなぁ……賭けに負けたやつが、ほのかの分のジュースも買ってきてやるよ。お前は降霊術をやるだけでジュースゲットだ」


「うーん……まあ、いっか。それで、呪文はどれ?」


 すっかりやる気になった汐見さんは、翔也から本を受け取って呪文を唱えていく。


 その詠唱によって、周囲に謎の魔法陣が現れる……なんてことはなく、汐見さんの棒読みに近い呪文が淡々と流れる。


 そんな中、部長は中腰のような恰好のまま、固まっていた。


「……部長、入ってみないんですか?」


 その表現が合っているのかわからないけど、俺は小声で尋ねてみる。


「……い、いざとなったら怖気づいちゃって」


「幽霊が怖がらないでくださいよ……」


「むむむ……」


 そんなふうに躊躇ちゅうちょしているうちに、呪文の詠唱は終わってしまった。当然、汐見さんに幽霊が憑依している様子はない。


「これは俺の勝ちだな。護、約束通り……」


「三原、こんなところにいたのか。大鏡を運ぶのを手伝ってくれるんじゃなかったのか?」


 翔也が勝ち誇った顔をした時、見知らぬ男子生徒が部室の入口にやってきて、そう言った。


「やっべ、忘れてた」


 声をかけられた翔也は、思い出したかのように部室から飛び出していく。


「ありゃ……翔也も忙しいねー」


 廊下へと消えていく翔也の背中を見ながら、汐見さんは苦笑する。


 そうだね……と言葉を返した時、汐見さんが例の本に再び視線を落としているのが見えた。


「さすがにその本、ニセモノだったみたいだね」


「こんな学校にあるものだし、さすがにそうみたいだねー。でも悔しいから、もう一回だけやってみる」


 そう言うが早いか、汐見さんは再び呪文を口ずさみ始めた。


「よーし、私も今度は勇気を出すぞー。とりゃ!」


 それを見ていた部長は大きく助走をつけ、背後から汐見さんに飛びつく。


 ……その瞬間、部長の姿が汐見さんの中に吸い込まれた。


「……っ!?」


 直後、汐見さんは猛烈な勢いで椅子から立ち上がり、自分の両手をしきりに見ていた。


「護くん! 入れた! 入れたよ!」


 そして振り返ると、心底嬉しそうな声を俺に向けてくる。


 見た目や声は汐見さんそのままだけど、口調や仕草は部長のそれだった。汐見さんは絶対、俺のことを『護くん』なんて呼ばないし。


「ほのかっちの体だー! すごーい! 胸、大きいー! 重ーい!」


 部長は飛び跳ねるような勢いで言い、自分の……いや、汐見さんの胸を触る。


 以前から気になるとは言っていたけど、わざわざ触って確かめなくても。


「せっかくだし、護くんも触ってみ……うわ、わわわわ」


 その時、はしゃぎすぎた汐見さん……いや、雨宮部長の足がもつれた。


「うわーっ!」


「あ、危ない!」


 そのままの勢いで倒れ込んでくる彼女を、俺はとっさに抱きとめる。


 けれど、その体重を支えきることはできず、二人して床に倒れ込む。


 ……や、柔らかい。何がとは言わないけど。


「あ、あいたたた……ごめん、護くん。調子乗っちゃった……」


「い、いえ……」


「……お、お前ら、何やってんの?」


 折り重なるように倒れていると、最悪のタイミングで翔也が部室に戻ってきた。彼は入口の扉に手をかけたまま、驚愕の表情で固まっている。


「ち、違うんだよ翔也、これは事故で……」


「そうそう! 三原くん、これは事故……はう!?」


 慌てて起き上がった部長が必死に取り繕う中、彼女の身につけていた怪しげな首飾りが弾け飛び、直後に汐見さんの中から雨宮部長が飛び出してきた。


「うわっと!」


 どっちを庇おうか一瞬悩んだ末、俺は意識を失ったまま倒れ込んできた汐見さんを抱きとめる。


 その結果、弾き出された部長は床に顔面を強打。しばらくその場で悶えていた。


 ◇


 ……それからしばらくして、汐見さんは意識を取り戻した。


「……というわけで、まるで別人みたいだったよ」


「うーん?」


 目覚めた彼女にそう説明するも、どうやら部長に憑依されていた間の記憶はないらしい。ひらすら首を傾げていた。


「マジで幽霊に憑依されてたのか……? 信じられねー。もう一回やってくれよ」


「さすがにもう無理だって。首飾り、壊れちゃったしさー」


 そう口にする翔也に対し、四方に散らばった首飾りの欠片を集めながら汐見さんはため息をつく。


「わたしはよくわかんないけど、降霊術は成功したっぽいし、翔也も内川君にジュース奢ってあげなきゃダメだよ?」


「そりゃもちろんだけどよ……くそー、もう一度見てぇ。その幽霊、近くにいねーのかな」


「三原くーん、ここにいるよー」


 悔しそうに周囲を見渡す翔也の目の前で、部長が両手をぶんぶんと振る。やはり、見えていないようだ。


「はぁ。もう一回入れたりしないのかなぁ。ねぇ、ほのかっち」


「はうっ……なんか寒気がする。お清め、お清め」


 言いながら、部長が汐見さんの肩に触れるも……彼女は逃げるように部屋の隅へ移動し、塩で必死に身を清めていた。


 やがてお清めも終わったのか、汐見さんは憑かれきった……いや、疲れきった表情で荷物をまとめだす。


「はー、わたし、もう帰る。またね、護くん」


「う、うん。また明日」


 そして足早に去っていく汐見さんを見送るも、その頬が少し赤い気がした。


 それと同時に、俺はかすかな違和感の正体に気づく。


 ……護くん?


 ひょっとして汐見さん、部長に憑依されていた時の記憶が少し残っているのかな。


 ということは……うわわ。


 先程のやり取りを思い出し、俺は思わず頭を抱える。


「護くん、どうしたのかね? 顔が赤いよ?」


 そこへ何も知らない部長が不思議そうな顔をしながらやってきた。


 ……どうしたもなにも、元凶はあなたですよ。


 なんて言えるはずもなく、汐見さんが悪い霊に憑かれていたと思ってくれることを祈るだけだった。


                  霊感委員長は幽霊部長に憑依される・完


~あとがき~

今作は長編作品『幽霊部長の雨宮さんは触れ合いたい!』の外伝的な作品となります。

最後までお読みくださいまして、ありがとうございました!

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