受注

@gotchan5

第1話

電話が入ったのは金曜の昼過ぎだった。

「佐藤さん、ちょっと茶飲み話でもしない?」

それは佐藤の会社の取引先である施設防護システムの江角部長からだった。

「はい、ではこれから伺います。四十分で行けると思います」

佐藤は直ぐに会社を出る準備を始めた。

佐藤は大手総合電機メーカーで施設防護システムの営業窓口をしている入社二年目の若手営業マンである。

入社して担当になった時からほぼ毎日施設防護システムに通い二十歳以上も年上の顧客であるこの江角にいろいろと教えられ鍛えられた。

今では良好な関係が出来ている。

新お茶の水から地下鉄に乗り、虎ノ門へ。

施設防護システムは金毘羅神社近くの雑居ビルにあった。

ひっそり佇むように存在するその会社は、日本の国家機密施設や核施設に最先端の防護設備をリースしている会社で、日本にある複数の警備会社が出資して設立されたものだ。

エレベーターで三階に上がると、ドアの前にある電話を取って江角の内線を押した。

「佐藤です。今着きました」

ドアが開く。

受付の女性が案内してくれた応接で待っていると江角が入ってきた。

暫くは他愛ない世間話をしていたが、不意に江角が言った。

「ところでさ、今、山下電機と交渉してる敦賀システムのリースアップなんだけど、今回は殆どが新設で金額がでかいんだよ。それもあってか山下が強気でね。参ってるよ」

江角が珍しくぼやいた。

「まぁ随意契約ですからね。山下電機さんも強気に出るんでしょう。新設なら稼げますから」

「どうしてもやらなきゃならないこっちの足元見てやがる」

「ご苦労お察しします」

「これ…佐藤さんとこでやる気ない?」

「はいっ?」

「この際、もうお宅に変えようかと思ってるんだ。見積りが合えばだけどね」

江角は真剣な目で佐藤を見た。

「それは…あの…。一度戻ってご連絡させていただいて宜しいですか?」

「うん、そうしてくんないかな? 森さんに話してもらって。スペックも伝えなきゃダメでしょ。どうしようかな。実はあんま時間も無いんだ。これ迄グズグズ山下とやってたから稟議書上げる期限が迫っててさ。急な話になっちゃうけど」

森というのは佐藤の上司である。

「はい、その辺も含めて戻ったらすぐにご連絡致します」

「悪いね、ほんと急ってのは厳しいよね」

江角は自嘲気味に言った。

「いえ、大丈夫です」

佐藤は急ぎ会社へ戻った。

これは大変な事になるかも知れないと、佐藤は思った。

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