アレのせいで夏休みの宿題が終わりません!

すずらん猫

第一章 ゾンビ家族の方程式

第1話

 その場所は、明らかに空き家とわかる古い木造家屋だった。所々茶色い瓦が落ち、灰色の外壁にはヒビが入っていた。蔦が絡みつき緑の葉が生い茂り、家全体が一つの生き物のような生々しさを感じさせた。


 庭には背の高い雑草が伸び放題。縁側の近くには手入れのされていない大きな桜の木。かつてはその桜を愛でる人もいたのだろうか? そんなことを考えていると、その木の後方で人影のようなものが動いた……がその瞬間、蝉が僕の顔面めがけて飛んできて、ちゃんと確認することはできなかった。


 そうしているうちに一台だったパトカーは五台に増え、ものものしい雰囲気に包まれ始めた。黄色いテープが貼られ、家屋は立ち入り禁止になった。やはり家の中で何かがあったのだろうか? 


 硬い表情の警察官がせわしなく動き回り、ただ事ではない緊迫感が漂っている。そして三台の救急車がサイレンを鳴らしながら現れた。サイレン音が輪唱のように響いて、こんな時なのに幼い頃家族で歌ったカエルの歌みたいだなと思った。ブルーシートに覆われ担架に乗せられた人たちが、次々と救急車に運びこまれていく。愛里アイリさんの予感が当たってしまったようだった。


 愛里さんから電話があったのは12時過ぎ。「ヤマダが光希ヒロキ君の集会にいた何人かを誘って、集団自殺しようとしている。私も参加しようと思っていたけど直前で怖くなって行くのをやめた。住所は……」と突然伝えられ、衝撃が走った。


 すぐにお父さんが警官のレン君に連絡をとろうとしたが、最近体調が良くないことを思い出す。いつもいつも彼に頼るわけにはいかない。元々自分が蒔いた種だ。自分一人でなんとかしなきゃ。でもこんな時、あの冷静沈着な蓮君ならどうするか……? 


 とにかく一刻も早く、公衆電話から匿名で通報する。自分の名前を出すことで他の集会参加者にまで追及がせまったら、みんなに迷惑をかけることになる。


 ヤマダは、僕の二回目の集会参加者だった。「恋人が病死して生きていく希望が失われた」とかで死を選んだと言っていたが、実際自殺する気はあまりなさそうだった。


 自分に好意的な華ちゃんや愛里さんといった女子たちの同情を集めた後、優しげな声をかけたり励ましたりして巧みに誘導し、最終的に場の空気を自殺しない方向へと導いたのだった。


 事件現場にいた男女六名のうちヤマダ、華ちゃん、誠君の三名が二回目の集会の参加者だった。ヤマダは女子からも男子からも信頼を得ていたようだったが、僕は何か違和感を覚えていた。しかしこんなことになるとは。


 誠君は亡くなった。二日後にお通夜があるらしい。華ちゃんはA病院に運ばれた。愛里さんと待ち合わせて華ちゃんのお見舞いに行くと、病室前に報道関係者が群がっていた。スーツ姿の男女がノートに何か書き留めたり、カメラを構えたりしている。


 仕方なく外のベンチで落ち着くのを待つことにした。行きがけに記者が群がっている病室がもう一つあった。看護士さんが「関係者以外はお帰り下さい!」と何度も叫んでいた。


 ベンチで時間をつぶし病室に戻った。ご両親が心配そうに、包帯だらけで横たわっている華ちゃんの手を握っていた。華ちゃんは身体のあちこちを刺され出血多量で意識不明。この数日が山場だそうだ。


 華ちゃんは太宰治が好きで控えめだけど、伏し目がちな笑顔がかわいい子だった。自分が開催した二回目の集会で、華ちゃんと今回事件の首謀者とされるヤマダを繋いでしまったことが悔やまれ、胸が痛んだ。お見舞いのお花とお菓子をご両親に渡して、すぐに病室を出てしまった。

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