二泊三日のアフロディーテ
犀川 よう
第1話 愛の誘起
互いがシングルマザーの家庭であるあたしと
そのバイト代が手に入ると、母の友人であり、あたしの歩くんへの愛に理解を示してくれている歩くんママに会うことにした。
小さな個人喫茶店にはほとんどお客がいない。あたしの中でうるさいくらいに跳ね回っていている期待と欲望という心音が、周囲に聞こえてしまうのではないかと思うような静けさだ。
「――お金は確認したわ。よく頑張ったわね」
歩くんママは年相応の落ち着いた笑みを浮かべると、バイト代の入った茶封筒をカバンにしまった。
「これで、今週末の旅行は大丈夫ですよね?」
「ええ。既に予約も取ってあるし、お金は立て替えてあるわ。何より、あなたのお母さんがとても喜んでいたわ。久しぶりに羽を伸ばせるって」
フフッと艶のある声を漏らす歩くんママ。あたしはその妖艶で圧力のある姿を見て少しだけ怯むも、これ以上ない協力者からの太鼓判に安堵している。
「旅行は二泊三日。その間、あなたに歩のことをお願いすることになるのだけれど――」
「任せてください。歩くんのことは心配ありませんから」
「あら、何が心配ないのかしら?」
「そんなこと、言わせないでくださいよ」
あたしの含みある言い方に、歩くんママは目を細める。
「どう面倒を見るのかは、あなたにお任せするけれど、あなたに歩をどうこうすることが出来るのかしら。歩はまだ小学校高学年の男の子よ。私が言うのもなんだけど、そういうことには、まだねんねではないのかしら?」
「そうですね。仰る通りです。急いで仕留める気はありませんけど、あたしを好きになるまでにはさせたいと思っています」
表情と語気が異常な興奮を帯びていることを隠そうと、あたしはティーカップに顔を落とす。歩くんママは何も言わず、黙って次の言葉を待っている。
「何にせよ、またとない機会です。必ずモノにしてみせます」
「……お手並み、拝見するわ」
歩くんママは静かに立ち上がると伝票を持って去っていった。
あたしは緊張を解くと、小さくため息をついて窓の外を見る。あたしの邪悪な心を清めてくれるかのような澄み切った冬空。窓に指をつけて、指紋でハートマークを描いてみる。
「待っていてね。歩くん」
そう言ってから、金曜日の放課後に出会える歩くんのことを頭に浮かべる。真っ白な餅のように清らかでやわらかそうな肌。長い睫毛とくりっとした目。取って食べたくなるような小さな鼻や口。ケアなど必要のない健康的な唇。成長期特有の痩せ型な体型。肉付きの薄そうなお尻。どれをとってもかけがえのない宝石ような男の子。それが歩くんという存在なのだ。
スマホが小さく震えると、大学の同期である彼氏からメッセージが飛んできた。あたしはそれをぼんやりと眺めながら、この人と別れる日もそんなに遠い日のことではないだろうと、ひとり笑いを堪えながら、画面をオフするためにタップをした。
(続)
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