第43話 裁判(紫陽里と瑞稀について)
被告人それぞれの素性及び罪状について。
紫陽里の場合。
「被告人との関係性を教えて下さい」
雁登は証人に向かって言った。
「はい」
証人は答える。
「付き合ってました。ほんの、2ヶ月ぐらいだけど…」
傍聴席の間から鋭い悲鳴と、ドタバタいう音がした。
咄嗟に音のする方を向いた奈緒の目線の先を、1人の少女が抱えられていく。どうやら気絶したらしい。
「付き合っていたんですか? あなたも?」
殆どため息混じりに、雁登は尋ねた。
3人目の証言者だったが、どこからか祝園が集めてきた証人達は、揃いも揃って同じことを主張していた。
「うん。少なくとも、自分の中では…」
「前の2人も似たようなことを言ってましたが…。ええと、具体的に付き合っていた期間は、いつからいつまででしょうか?」
「その…」
「言える範囲で大丈夫です」
「去年の8月から、10月ぐらいまでで」
「「「ああ…」」」
大講堂から吐息が漏れた。
「だから言ったでしょ?」
「信じらんない…」
傍聴人達の囁きが波のようになる。「静粛に!」水野が声を上げた。
証人は淡々と、自身の意見を述べた。
交際は自分から言い出したこと。浮気をされていたことは薄々気づいていたこと。結末は残念だったが、良き思い出であること。
雁登は呆れ果て、セットが崩れることもお構いなしに前髪を掻き上げた。少女は頭の中で、先の2人の証言を整理する。
1人目の申告した交際期間は、去年の7月から9月まで。そして2人目は、9月から11月までだという。
3股だ。
(私らは一体、何を裁いてんの?)
雁登は言葉なく、被告人席にいる紫陽里の様子を伺った。相手は恥ずかしそうに、だが悪びれる様子もなく、微笑んでいた。
「検察からは以上ですか?」
水野の声に、雁登は我に返る。
「すいません、裁判長。ええと、つまり。松永先輩は不純同性交遊、虚偽及び詐欺罪に該当するものと思われます。そんな所です。はい、以上」
「分かりました。それでは弁護人の方、なにかありますか?」
ひらひらと、佐々は手を振った。これも最初の2回と同じ。雁登は訝しげに、弁護をしない弁護人達を眺めた。
(お互いのピントが合ってない)雁登は思う。
(こっちが罪状を並べてもガン無視。それがさも当然のような感じ。校則なんて、さして重要でないと思ってるんだろうな。こんな酷い裁判は、女子高生史上初めてかもしれない)
今度は弁護側の証人が出てきた。大森が証言台に立つと、正面からは裁判長の席が殆ど見えなくなった。
「ピー子、また髪を伸ばし始めたんだ」嬉しそうに、紫陽里は呟いた。
証人に佐々が尋ねる。
「大森さん、被告人との関係性をお聞かせください」
「知り合イ」
「付き合ってるとか、そんなんじゃない?」
「気持ち悪イ。やめロ」
「もし被告人に色目を使われても、我慢出来ます?」
「叩っ切るゾ」
「どーもどーも。じゃあいくつかお聞きします。まず、先程までの証言についてはどうでしょう? 真実が含まれている?」
「真実。殆ど真実」
「負けたんちゃう?」という奈緒の問いに、「まあ待って」と小堀が答える。
「具体的に、お願いします」
「さっきの証人達の内、2人まではみた事あル。部活が終わる時間になると、よく被告人を迎えにきてタ」
「被告人は3人について、なにか言ってましたか?」
「『新しい友達』が出来たとは言ってタ。正直、どうでもいいのでよく覚えてなイ。中学の頃から、アイツは取り巻きが多かったシ」
「中学の頃も、こういう色恋沙汰が?」
「知らなイ。別の中学だったかラ。それで、その色恋沙汰についてだけド…」
「なに?」
大森はチラと、紫陽里の方を見遣る。
「そこがよく分からなイ。アイツから、付き合ってるとかなんとか話を聞いたことがなイ。アイツは多分、付き合ってるなんて思ってない。多分、手助けだと思ってル」
「遊びだったってこと…?」傍聴席から声が漏れる。
「終わったな。負け戦や」という奈緒に、「まあまあ」と小堀。
「詳しく頼みます」佐々に戻る。
「これは、アイツ本人から聞いた話。ある日、駅で泣きそうな顔の女の子を見つけたっテ。他校の生徒だったんだけど、アイツは声をかけた。悲しいのは、飼い犬が死んだかららしかっタ。次の日から、その子はうちの学校の正門でアイツの帰りを待つようになっタ」
「それはいつ?」
「去年の6月頃。その時も、付き合ってるとは言ってなかっタ。互いに変なあだ名で呼び合ってたけど、それでも、ただの友達とだケ」
「ちなみにどんなあだ名?」
「しおりんだか、めるるんだカ。おえ、おええエ…」
「頑張れ。それで、その後は?」
「知らない間に見なくなっタ。アイツに聞いてみたら、『すっかり元気になったよ』っテ」
「じゃあ被告人は本当に付き合ってる気はなく、ただの手助けだったと?」
「そう思ウ。聞きたいんだけど、アイツは三股もかける酷い奴、人の心を弄ぶ悪人、だからそんな奴がいる規律秩序委員会はダメ。って話になってるノ?」
「その通り。その点、大森さんはどう思いますか?」
「私にとってアイツは裏切り者だけれど、悪人じゃない。それだけは言えル。アイツはお人よシ。さっきも言った通り、アイツは多分本気で他人の力になりたいと思ってル。愚か者。これまで出会ってきた中で、アイツ程の善人を私は知らなイ。大嫌いだけどネ」
傍聴席からいくつかの悲鳴と、息を呑む音が起こった。
「ヤバいヤバい。尊くない?」
「死んじゃいそう…」
という声が壇上まで聞こえてきたが、どうして死にそうなのか奈緒にはサッパリ分からない。
佐々が席に戻ると、水野は検察に発言を求めた。雁登はしばらく黙って大森の顔を見つめた後、慎重に口を開いた。
「あの、ええと。本当にお2人は付き合ってないんですか…?」
「叩っ切るゾ!」
また悲鳴。
◇
瑞稀の場合。
「あんまし覚えてないよ。アイツ、一週間ぐらいしか学校に来てなかったし」
甘利の質問に、検察側の証人は答える。
「私を含めて、何人か話しかけてみたけど、返事らしい返事もなかった。『ふうん』とか、『あっそ』って」
「その時、貴方はどう思いました?」
「別に。まあ、正直ムカついたけど。そういう人もいるよねって──」
「憤ったんですね。自分達の好意を無碍にされて、否定されて」
「いや、そこまでじゃないけどさ──」
「つまり、被告人はクラスの雰囲気を台無しにしたんだ!」
「待って。話を聞い──」
「このように被告人の泊は、クラス内でも浮いた存在でした。根暗です。その為被告人は一週間程で不登校となり、恐るべき事件を実施することとなったのです。皆さんもよく覚えているでしょう。そう、『創立記念日偽装メール』事件です」
「なにそれ?」奈緒は隣に座る和歌に尋ねる。
「前にも言ったでしょ?」和歌は答える。
「瑞稀が校内のシステムに入り込んでイタズラをした話。それのことよ」
「具体的には?」
「学校のアカウントになりすまして、全校生徒にメールを送ったの。今週の金曜日は創立記念日だから、その日は全日休講となります。って」
「へえ。んで、皆騙されたん?」
「1から3年生まで、9割の生徒が学校を休んだわ」
「アホやなぁ」
「つまり、それだけの生徒が創立記念日を正確に覚えていなかったってことね」
「アホやなぁ…」
奈緒はチラと瑞稀の顔を伺う。相手は証人と検察から視線を外し、不服というように、口を尖らせていた。
「その件はもう謝ったっす…」
誰に聞かせるでもなく、瑞稀はそう呟いた。
「もう謝ったんか」その呟きを奈緒が捉える。
「ならええやん。謝ったことを今さら掘り返すなんて、本当に器量の狭いヤツやなぁ」
「赤間っちならそう言うと思ったっす!」
瑞稀はそう言うと、ほら見たことかと視線を検察に投げかけた。
「被告人はその類まれなるコンピュータ技術を駆使し──」甘利に戻る。
「規律秩序委員会においては、個人情報の収集保管業務を行なっていたことと考えられています」
「しょーこがない!」佐々が声を上げれば、裁判長が「静粛に、今は検察の発言です」と対応をする。
「失礼、裁判長。でも、しょーこがない! 生徒会は規律秩序委員会室の捜査を行ったが、検察側の発言に該当するような証拠は見つかってない! これは明らかに誹謗である! くたばれ!」
「弁護人、口を慎んで下さい! 次同じような発言があれば退出処分とします」
「滅茶苦茶や…」と奈緒。「楽しくなってきたわね」と和歌。
「め、明確な証拠はないけど!」甘利も負けじと、小さな身体から声を出す。
「規律秩序委員会は今年の初めに、全校生徒に対する面談を行なっています。詳しくは後で述べられるでしょうが、この時に得た莫大なデータを保存していないと考える方がおかしい! そもそも面談自体、イリーガルなものだったんだ。舐めるなよ、犯罪者共! くたばるのはそっちの方だろうが!」
「いいぞ、やっちゃえ!」
「もう殴り合って決めろ!」
興奮し、立ち上がった傍聴人達を委員達が急いで静めに行く。壇上前では人の壁が作られ、興奮した観客が上に上がらないように対処された。
「静粛に、静粛に!」
水野のよく通る声を持ってしても、静かになるまでに数分掛かった。
検察側の証人が下がり、弁護側の番になった。だが、誰も来ない。
佐々が立ち上がり、言った。
「今被告に関しては直接弁護をしてくれる人物を用意出来なかったので、代わりに、被告人をよく知る人物の報告書を私が読み上げます」
「ふん。ボッチめ」と甘利。
「お前だって、私以外に友達いないくせに」と雁登。
「報告書は、被告人へのカウンセリングを行った医師によるものです」
佐々はそう言うと、手に持った資料を読み上げ始めた。
『4月21日。学校より連絡、対象と面談を行う。面談を行うのは、一月半ぶり。背は変わらないが、少し痩せたように見える。「食事は取れてる?」との問いに、「いつも通り」との解答。学校からの伝達事項を伝え、反応を伺う。目を合わせず、椅子の上で三角座りをする。
「どうしてこんなことを?」という問いには、「わからない」と答える。「きちんと言語化しないと」と言うと、「破壊衝動。認められたかった。危険な兆候。理由なき反抗。思春期。不当な評価」とつまらなさそうに答える。そして沈黙の後、「親がいないから」と発言。「そう書けばいい。そういう仕事でしょ」確かにそう言った』
「なんか日記みたいやな」奈緒は呟く。
「そうね」と和歌。
『4月24日。再び学校より連絡。退学の手続きを中止するとのこと。なんとか時間を作り、再び対象との面談を行う。対象は痩せたままに見える。「食事は?」の問いに、「ちゃんと食べてる」と回答。時々目が合う。足を椅子から下ろし、膝の下に手を置く。
「どうして謝罪する気になったの?」という問いに、「謝った方がいいって言われたから」「誰に?」「分からない。でも、大金持ちみたい」「なんでそんなことを?」「分からない。でもそうした方がいいって」「それを信じたの?」「うん」「どうして?」「分からない」「言語化しないと」
「どうしても分からない。でも多分、生まれて初めて出来た友達だからだと思う」「学校側はなんて?」「反省文を書いて、後はその金持ちの子に従えって」「従うって、なにをするの?」「仕事」「どんな仕事?」「私みたいな子を助ける仕事。委員会だって」「なんて委員会?」「規律秩序委員会」』
紫陽里は嬉しそうに微笑むと、隣に座っている瑞稀の肩を抱いた。
『5月2日。対象に懇願されて、面談場所を変える。「なにを頼むの?」という問いに、「クリームソーダっす。昔みたいに」と回答。楽しそうに、足を揺らす。おちょぼ口で口笛を吹く。知らぬ間に上手くなっている。「その喋り方はどうしたの?」の質問に、「変えてみた。モミモミに、話し方を丁寧にしなきゃダメだって」と答える。
「モミモミ?」「籾木。あの金持ちの子」「それって、丁寧語なの?」「分かんない。どう思う?」私は答える。「いいと思う」その時、確かに対象は笑った。間違いないと思う。眼は細くなり、鼻腔は広がり、口角が上がった。何年ぶりか分からない。「今までごめんね」と言うと、「こっちこそごめん」と回答。対象に罪は全くない。悪人は私だけである。
私は意を決して、対象の隣に席を移す。密着しても、対象に動揺は見られない。10年ぶり。委員会は楽しいという。対象は、自らの居場所を見つけたと認識している。これ以上の面談は不要と判定。メモ。規律秩序委員会に感謝の手紙を書く。仕事の量を減らす。今週末は必ず家に帰る。カレーのルーを忘れずに』
「以上です」
佐々はそう言って、席に着いた。
「つまり…」甘利は呟く。
「ど、どういう意味なんだ?」
「カウンセリングをしていた医者は、泊の実の親なんでしょ」と雁登。
「報告書だか日記だか知らないけど、娘は規律秩序委員会に入って楽しそうって喜んでだよ。そんなことも分からないから、友達が少ないんじゃないの?」
「うるさい!」
「お前の方がうるさい」
「親が喜んでるからってなんなんだ。犯罪者のくせに、被害者気取りかよ!」
「検察の方、何か質問はありませんか」
水野の声に、甘利は勢いよく立ち上がる。
「弁護人が読み上げた資料の意図が理解不能です! 被告人が校則を破ったのは動かぬ事実です。なんの釈明にもなってない。時間の無駄だった!」
佐々はひらひらと手を振った。水野は弁護人を指名する。
「『創立記念日偽装メール』については、すでに謝罪と罰則を終えており、今回の裁判とは無関係。個人情報云々に関しても証拠がない以上は論駁の必要性を感じません。ついては、誤解されることの多い被告人の真の姿を知って貰いたく、この資料を読み上げた次第です。後は陪審員の方々に判断を委ねます。以上」
「それだけで──」
「以上!」
「け、けど──」
「以上だっつってんだろーが!!!」
甘利は顔を真っ赤にして、雁登を振り返った。
(も、桃香ぁ…!)
雁登に袖を引っ張られて、甘利は静かに席に座った。
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