第42話 裁判(特殊な料理について)
特殊な学食事件について。
「証人として、1年H組のベルさんへの尋問を求めます」
猫背気味のベルが壇上に登ってくる。緊張した面持ちの少女は、目を瞬かせながら母国語で何事かを呟いていた。
「ベルさん。特殊学食事件についてあなたに証人としてお尋ねします。嘘は述べないと宣誓をしてください」
証言台に上ったベルに、水野が尋ねる。
「は、ははい」ベルは答える
「校則にもある通り、嘘を述べた際は偽証罪に問われることもあるので注意するように」
「ぎ、ぎしゃう?」
「嘘をついたら罰がある、ということです」
「はわわわわ…」
「落ち着いて。証人は席に戻ってください。それでは、検察の方よろしくお願いします」
「はい」祝園は立ち上がる。
「ベルさん、まず初めにお聞きます。現在学食で出されている特殊な料理の数々は、ベルさんがプロデュースしたもので間違いありませんね?」
「そ、そうです。私がやりました。ごめんなさい! トカゲとか虫を調理するの、この国では犯罪だって私知りませんでしたね。あ、謝ります!」
「落ち着いて。ベルさんが罪に問われている訳ではありません」
「つ、ツナ? ツナはサラダにして、ライムと砂糖と─」
「話を進めましょう。質問です。ベルさん。あなたの料理を学食で出せるよう手引きをしたのは、誰ですか?」
「テビ…。あっ! テナガエビはね、刺身でもイケ──」
「ベルさん。あそこにいる人が見えますか?」祝園は和歌を指差す。
「あの人物に言われませんでしか? 学食に、貴方の料理を出してあげると」
「裁判長」小堀が手を上げる。
「検察は高圧的に、自身に有利な回答を引き出そうとしている」
「校則違反ではない」水野はそう言って、相手の発言を退けた。
「ベルさん」祝園は続ける。
「どうですか? あの人物に言われたのでしょう? 自身の権限を使って、料理を学食に出してあげると」
「あう、えー…」
ベルは視線を泳がせる。そして彷徨った目の先に、和歌の顔があった。
相手は目を細め、小さく頷いた。
(ごめんね、ごめんね!)ベルは心の中で呟く
「そ、そうです。あ、あそこの可愛い人に言われました…」
「なるほど。あの人物、籾木被告人はそうやって貴方の料理を学食に出した。だがそれは、彼女が持つ特権を利用し、本来の校則に基づくプロセスを無視したものだった。これは学生自治という、学園の理念を著しく侮辱するものだ」
「で、でもでも。最初に声をかけたのはワタシ! だ、だから悪いのはワタシの方で──」
「これで終わります。証人の方、ありがとうございました」
祝園はそう言うと席に着いた。
「で、でも。でも…」
ベルの小さな呟きは、水野の「弁護人お願いします」と言う声に隠された。
小堀は立ち上がると、証言台へと歩き出す。
「ベルさん、調子はどうです?」小堀は相手に尋ねた。
「き、緊張してますね! もう死んじゃう」
「死んじゃダメだよ。美味しいご飯が食べられないからね」
傍聴席から笑い声と、「確かに」「間違いない」という声が上がる。それに釣られてか、ベルの口角も微かに上がった。
「ベルさんは被告人の内の1人、あそこに座っている可愛い子のことですが。その可愛い子に、学食で自分の料理を出してもらえるよう協力してもらったのですね?」
「は、はい!」
「それはどういうきっかけによるものでしょうか? どういうプロセスを経て、あなたは被告人達と知り合った?」
「あのね、あのね。初めてあの人達と会ったのは、文化祭でした。ワタシ、料理研究部でして、初めて故郷の料理振舞いました時でした。でも、誰も食べてくれませんしたね。悲しい、けど仕方ない。その時、あの人達来ました」
「それで、被告人らはベルさんの料理を食べましたか?」
「いいえ。その時は食べませんね。お腹痛いって、髪の明るい可愛い子言いましたし」
「嘘ついたな」佐々が小さく呟いた。「ダセぇ奴。食えよ」返す言葉もなく、奈緒は項垂れる。
「なるほど。それから?」
「それでね、それでね。ワタシの料理、学食に置いて欲しい頼むために、きつつちてて委員会の部屋行きました。そしたら驚き! 文化祭の時に会った人いました!」
「面白い偶然だ。それで?」
「ワタシの料理、振舞いました。皆、美味しい美味しい食べてくれました。嬉しかった。ワタシの料理食べてくれた、この国で初めての人達。すごく幸せ。思い出す度、顔が燃える」
「例の髪の明るい子も、料理を食べましたか?」
「食べてくれました! ガツガツ、ムシャムシャ。1番食べてた」
「やるじゃん」佐々は奈緒を小突く。「それでこそ、あたし達の赤間奈緒」
(こいつはウチのなんなんや?)奈緒は思う。
「教えて下さい、ベルさん」小堀に戻る。
「ベルさんはどうして、自分の料理を学食に出して欲しかったんですか? 皆、知りたがってると思いますが」
ベルは後ろを振り返り、人で一杯の傍聴席を見回した。
「あのね、あのね!」視線が小堀に戻った時、少女の眼は輝いていた。
「故郷の料理を、みんなに食べて欲しかったですね。故郷の料理作ること、自分のことを喋るとおんなじ。料理、ワタシの人生詰まってる。自己紹介。この学校、可愛い、優しい人たくさん。ワタシ、ここの学生さん好きです。ラヴです。ワタシお返したかった。生きるのこと、難しい。でも、食べ物美味しいよ。それ、みんなに伝えたかった。それ、ワタシのことだから。ワタシも、料理に助けられましたね」
「では規律秩序委員会は、そんなあなたの夢を叶えたのですね?」
「きつつちてて委員会のことですか?」
「そう。きつつちてて委員会」
「そう、そうだよ! ありがとう、本当に! ワタシ、あの子達大好きだよ! 可愛いよ、皆!」
「ありがとうございました、ベルさん。貴方もすごく可愛いですね」
小堀が席に戻ると同時に、傍聴人の中からざわめきが起こる。
「どういう意味?」
「目的が正しいから、罪を見逃せってことなんじゃない」
「弁護してなくない?」
「罪は認めるのかなぁ」
「そんな可愛い理由だなんて知らなかった」
「ね、イタズラとかじゃなかったんだ」
「元々ベルさんはすっごくいい子だし」
「てか、校則とかよくわかんないもんね」
水野も身を乗り出して、小堀に尋ねる。
「以上ですか? 本当に?」
「以上です。全ての判断は、陪審員の皆様にお任せしますので」
「分かりました」水野はベルに向き直る。
「私からもお尋ねします。被告人らがベルさんの料理を学食に出すことを承諾した時、それが校則違反であることを貴方は理解していましたか?」
「高速? 流石にアスファルトは食べられませんね…」
「ルール違反、であることを知っていましたか?」
「あのね、あのね。知ってました」
「認めるんですか? それでは、貴方も共犯ということになってしまいますが」
「構わないですね。ワタシの料理食べてもらいましたから。ワタシ、悪人です。ごめんなさい。色んな子から『ベルちゃんの料理美味しいね』言ってもらいましたから、もう何も怖くないです。覚悟あります。オオアリクイの餌にされてもへーき」
「うちの学校にそのような罰則はありません。ありがとうございます、ベルさん。お戻りください。それでは、弁護人の立証を─」
次に小堀が和歌達の弁護に入った。
小堀が連れてきた数人の証人は、学食で出されるベルの料理が絶品であることを力説した。
対して検察側が出した証人達は真逆のことを証言したが、小堀の詰問により誰1人として実際にベルの料理を口にしていないことが分かると、大講堂はどよめいた。
「見た目でなく、舌で判断をするべきだ。それが食に対する流儀である!」という小堀の論には、傍聴席から万来の拍手が返ってきた。
(なんやこれ…)奈緒は思う。
この女子高生達はいたって真面目な顔をして、いたってどうでも良いことを議論しているのではないか。
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