第35話 ここでボケて(前編)
「それで、進捗は?」
いつものように、放課後の規律秩序委員会室。
二本松はそう言って、持参した茶葉で淹れた紅茶に口をつけた。上等なティーカップの隣には、これまた持参した菓子が置かれている。
「そこそこ」和歌は答える。
「大森先輩が証人をしてくれるそうよ。紫陽里を弁護するための」
「大森が? 喧嘩中じゃなかったのか、あんたら」
「語り合ったんだよ。竹刀で」と紫陽里。
「互いに汗を飛ばして、身体を打ち合って、アザを作──」
「ああ、キモいキモい!」
二本松はそう言って、自分用の菓子に手を伸ばす。
「もういい。もう聞きたくない」
「にほちゃん、私達の用意したお菓子も食べたら?」と和歌。
「お前らの下品なゲテモノ菓子なんて食えるか。食への冒涜だ。あんたらは絶対、痛い目を見なくちゃいけない。それで、証人は大森だけ? 他には?」
「まだ」
「冬休みと期末が終われば裁判はすぐだぞ。なにしてる。今の内に、片っ端から声をかけろよ」
「だって、私達は見返りのために活動してるんじゃないんだもの。お返しに、裁判で証人になって欲しいなんて言えないわ」
「バカ。委員会を存続させるために、そこは恥を忍んで頼み込め」
「難しいわ。だって証言する時に、私達に解決してもらった自分の悩み事を人前で告白しなきゃいけないでしょ?」
「全部解決済みじゃないのか。済んだ話なら人にも話せるだろ」
「にほ。みんながみんな、にほみたいに熊のような心を持ってる訳じゃないよ」と紫陽里。
「たとえ解決した問題だって、誰にも話したくないことはある。そもそも、私達が手を貸したことは口外しないって約束した子もいるんだ。そう簡単な話じゃない」
「でも証人がいなきゃ、そもそもマトモな勝負にすらならないぞ。なにがなんでも、証人を集めろ」
「分かってる。声をかけてみるわ」と奈緒。
二本松は頷き、自前のティーカップに口をつけた。
(ん?)少女はふと思う。(熊のような心ってなんだ…?)
その疑問を口にしようした矢先、和歌の方が先に口を開いた。
「そういえば、私達、近々生徒会長と会うことになったわ」
「由水と? 面識あったのか」
「書記の薬師寺さんが紹介してくれるって」
「ふうん。それで、会って話してどうするんだ? 裁判を取りやめろって?」
「分からない。でも、なんだか薬師寺さんは裁判に乗り気じゃないみたい。だから由水先輩に合わせてくれるんだと思う。生徒会も一枚岩じゃないのよ。関係を持っておけば、何か有利に運ぶかも」
「どうだか。もし由水が裁判に反対なら、祝園に口出ししてるだろうよ。なのに事が進み続けてるってことは、由水はただ傍観しているか、祝園がガン無視しているかのどっちか。どちらにしろ、由水は使えないな」
「にほちゃんの頭でっかち」と和歌。
「バカバカにほ」と紫陽里。
「熊!」ついでに瑞稀。
「黙れ! うだうだ言ってないでとっとと証人を集めろ! やる気がないなら、こんな委員会今すぐ解散しちまえ!」
二本松はそう言うと、新しい菓子の袋を破いた。
中身を頬張りながら、今まで黙っていた奈緒の方を向く。
「赤間、あんたはなにか意見が──」そこまで言って、二本松は相手をジッと観察した。
「いや、いいか。あんたはいい」
もしも奈緒の口の中に、本日14袋目の菓子が詰まっていなければ、バチバチに言い返せただろうに。
◇
日吉と熱田が放課後の規律秩序委員会室にやって来たのは、その翌日のことだった。
証人を募るメールの文面を紫陽里と考えていた和歌は、目線を来客の方に向ける。
「ひさしぶり。その後、配信業の方はどう?」
「声が大きい! 誰かに聞かれちゃうでしょ!」片方の人差し指を自身の口に当てながら、熱田が言う。
「みゆのがデカい…」日吉が言う。
「ごめなさい。それで、今日はどうしたの? また変なメールでも来た?」
「か、勘弁してよ…」と熱田。
「あの、聞いたんだ」と日吉。
「大変だね、裁判。流石にやりすぎだと思う。それで、あの、今日は私達にもできる事ないかなって思って来たんだ。助けてもらったお返しも、まだ出来てないし」
「ありがとう。でも、大丈夫。私達は見返りのために活動してないから」
奈緒は和歌に近づき、耳打ちした。
「アホ、助けてもらえや。証人が必要なんやろ?」
「ダメよ」口元を手で隠し、和歌は答える。
「昨日も言ったでしょ? 大勢の前で打ち明けられない話だってある。日吉さんなんて、その最たる例じゃない」
「なにコソコソやってんの?」熱田が言う。
「あ、余計なお世話だったらいいんだ。準備?とかで忙しいよね」と日吉。
「余計なお世話なんかじゃないわ。2人の提案はとっても嬉しい。けど…」
「ウチら、証人が欲しいねん」
和歌の代わりに、奈緒が答える。
「ウチらの活動が学校のためになってるってことを、証言してくれる人が欲しいねん。ほんで聞くけど、2人は、証人とかやってくれへんよな?」
「ぜっっったいダメ!!!」熱田は叫んだ。
「そんなことしたら、まーがバーチャル配信者やってるってバレんじゃん!」
「だからみゆの声でバレるって…」と日吉。
「なに考えてんの? ふざけるのもいい加減にしてよね。田舎に帰れよ、このマヌケ!」
(な、なんで?)奈緒は思う。(なんでこんな言われなあかんのや…?)
「落ち着いて、みゆ。あ、あのね、籾木さん。私達、証人は無理。ごめんね。でもその代わりに、私達に出来そうなことを考えてきたの。ね、みゆ?」
熱田は黙って、奈緒のことを睨みつけている。
「そ、『そうだよ!』ってみゆも言ってる。私達、放送委員会なんだ。それでね、知ってるかな。毎週金曜日の昼休みにやってる、『あゝなんでも放送局』ってコーナー」
「阿南がやってるヤツだ」と紫陽里。
「そうです。たまにそこでゲストを呼ぶんですけど、今回、KT委員会を呼びたいと思っていて」
「KT委員会?」と和歌。
「えっと、規律秩序委員会の略。長いから、頭文字を取って」
「なるほど。ウフフ」
「それでね。KT委員会って、どんな活動をしてるのか分からない人が多いでしょ? だから、みんなに委員会を知ってもらえるいい機会じゃないかなと思って。そうだよね、みゆ?」
熱田はまだ奈緒を睨んでいた。
「そ、『その通り!』ってみゆも言ってる。どうかな、籾木さん」
「そうね。紫陽里はどう思う?」
「いいと思う。私達の委員会そのものと、裁判に注目を集める事が出来れば、証人集めもスムーズになるんじゃないかな? 陪審員は全校生徒の中から選ばれる訳だし、今のうちにこちらに同情的な生徒を増やしておけば、直接的な効果も出るかもしれない」
「でも、どうかしら。生徒会が難癖をつけてきたりして」
「ほっとけばいい」と熱田。
「誰をゲストに呼ぼうが放送委員会の勝手。何か言われたら、越権行為だってこっちがアイツらを訴えてやる」
「いいの? 放送委員会に迷惑がかからない?」
「委員長はなんとも思ってないよ」と日吉。
「前もって聞いてみたんだ。KT委員会なんてどうですかって? そしたら、おもしろそうだからイイって」
「放送委員会は生徒会の広報機関じゃない。新聞部なんかとは格が違う」
熱田はそう言うと腕を組み、これみよがしに「ふん」と鼻を鳴らした。
「ありがとう」和歌は目を細め、答える。
「じゃあ私達、放送に出させてもらうわ。全員で行ってもいいの?」
「全員でもいいよ。ちょっと狭いかもだけどね。誰か1人が代表でも全然大丈夫」と日吉。
「全員で行くと話が散らかりそうだし、1人に絞ろうかしら」
和歌はそう言って、KT委員会の面々を見回した。
「紫陽里はどう? 元から人気もあるし、みんな齧り付いて聞くと思うけれど」
「いいんじゃないの?」と熱田。
「気をつければ変なこと言わなさそうだし、まあ無難でしょ」
「無難」和歌は呟く。
「無難、無難はイヤだわ。だったら、瑞稀はどう?」
「別にいいっすけど、瑞稀、面白いこと1ミリも言えないっすよ」と瑞稀。
「いや、別に面白さは求められてへんやろ…」と奈緒。
「てか、籾木。お前がやればええやん。委員長なんやから」
「ダメよ。面白さだったら、赤間さんに勝てないもの。ギリね」
「だからなんで面白さ重視やねん! 真面目な話ちゃうんかい!」
「赤間さん、『あゝなんでも放送局』を聞いていないの? クセの強いキャラクターがないと、阿南先輩がやる気を失ってしまうのよ。先輩がやる気をうしなったら最後、コーナーは強制終了よ」
「知らんがな。昼メシはいっつも梅と駄弁ってるから、放送なんて耳に入らんわ」
「そうなの。へえ。ちなみに、吉野さんとは普段どんな会話をしているの?」
「そんなん今どうでもええやろ!」
「わ、私も赤間さんがいいと思うよ。話し方も独特だし、人を惹きつけると思う。ね、みゆ?」と日吉。
「誰が出ても多分後で炎上するんだろうし、赤間でいいよ」と熱田。
「決まりだね。大丈夫、赤間さん。カンペをこっちで用意しておくから、それを見ながら受け答えすればいい」と紫陽里。
奈緒は口元を歪ませ、歯を剥き出しにして、思う存分自分の気持ちを顔に出した。
(JKがやっていい顔じゃねえっす)
奈緒の顔を見ながら、瑞稀は思う。
◇
「こんにちはぁー。体育大会でぇー、インタビューして以来だねぇー」
その週の金曜日。昼休みが始まって少しの放送室。
放送委員長の阿南は、目尻の下がった目を細めて、奈緒に言った。
「こ、こんちわ…」奈緒は答える。
「緊張してるぅー?」
「まあ、はい」
「大丈夫大丈夫ぅー。私が話を振るからぁー、赤間さんはそれに応えるだけでいいからさぁー」
そう言って、阿南は奈緒を防音室の中へと招き入れる。和歌と紫陽里とは、ガラスを隔てた別室で待機していた。
「このマイクに向かってぇー、話してねぇー」
何やら複雑な機械やらコードが置かれた幅広の机を境にして、奈緒と阿南は向かい合って座る。
「それでぇー、このコーナーの趣旨は理解できてるぅー?」
「ええと、ようはつまらん話をしたら、あんたが強制的に放送を終わらせるんやろ?」
「そおぉー。これは面白くなりそうもないなぁって思ったらぁー、ぶち切りぃー。だってぇー、数が取れそうもないからぁー」
(決まりやな…)奈緒は思う。(ヤバい奴や)
「あとねぇー、これぇー。放送禁止ワード集ぅー。ここに書いてあるワードを一言でも喋ったらぁー、それでもアウトぉー。うちはぁー、ゆるふわがモットーだからぁー」
奈緒は手渡された紙を眺めると、顔をあげ、真剣そのものといった表情で、相手に言った。
「ダメそうや。秒で強制終了かもしれん」
「アッハー!」阿南は両手を口元に当てる。
「ウケるぅー。大丈夫だよぉー、ちょっと練習してみよおぉー。私が悪口を言うからぁー、赤間さんはそれに耐えてねぇー?」
「お、おう」
「赤間さんの髪の匂ーい、雨上がりの三角コーンみたーい」
困惑した表情で、奈緒は相手を見遣る。
「すごーい、耐えたぁー。えらいねぇー」
「バカにすんな! それぐらいで怒るか!」
「アッハー! もうすでにおもしろーい。改めてぇー、今日はよろしくお願いしまーす。規律秩序委員会には前から興味あってぇー、お話したいと思ってたんだぁー」
「その割には、委員総会の時に味方してくれんかったやんけ」
「それはそれぇー。規律秩序委員会の人達をゲストに呼びたかったのはぁー、ホントだもーん」
「けっ。どっちつかずで信用ならんヤツ」
「アッハー! 確かにぃー」
「先輩、1分前でーす」
別室からマイクを通じて聞こえる日吉の声に、阿南は「はーい」と答える。
「赤間さん」
放送が始まるまでの僅かな間に、阿南は言った。
「どっちにもつかないよ。だって、私は私だもん」
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