第18話 野々原さんを助けたいおにい

 昼休みになり、俺は兎極を中庭へ誘う。


 今日も弁当を作ってきてくれたらしい。

 あれほど激しい喧嘩をするのに、作ってくる弁当はかわいらしいのがおもしろい。


「あ、おにい、わたしおトイレ行ってくるからお弁当持って先に行ってて」

「うん」


 俺が弁当を受け取ると、兎極は足早にトイレへ向かった。


 廊下は走らない。

 あれで結構、真面目なのだ。喧嘩になるとデタラメだけど。


 弁当を持って中庭へ向かって歩く。と、


「久我島君っ!」

「えっ?」


 名前を呼ばれて振り返ると、そこには野々原さんがいた。


「ちょっとあの……一緒に来てほしいんだけど?」

「いや、でも、これから昼飯だから……」


 中庭にいなかったら兎極が心配するし。


「少しだけだから……」

「えっと、なんの用なの? ここじゃダメ?」

「ここじゃちょっと……」


 深刻そうな表情で野々原さんは俯く。


 野々原さんは中学のころ、天菜やその取り巻きにいじめられていた。もしかしてまたあの3人になにかされているのだろうか? 


 野々原さんの暗い表情から、恐らくそうではないかと俺は察した。


「わかった」


 そういう悩みなら聞かないわけにもいかない。

 兎極には悪いが、少し待ってもらうことにしよう。


「ありがとう。じゃあこっち……」


 野々原さんに着いて行き、校舎の端にある空き教室へと入る。


「あ、あのそれでね、久我島君……」

「わかってるよ」

「えっ?」

「天菜たちだろ? あいつらまた……。俺からちゃんと言っとくから。けど、俺の言うことなんてたぶん聞かないと思うし、こういうことはやっぱり教師に……。いや、天菜は優等生ぶるのがうまいからなぁ。うまく逃げるかも。どうしよう……」


 いじめの現場を音声や動画に撮って警察にでも相談するか? でもさすがに警察は大袈裟かな? けど被害が出てるんだし……。


「辛いだろうけど、まずは証拠を集めよう。それから警察に相談するのがいいと思う。大丈夫。不安なら俺も一緒に行ってあげるから。ご両親にも相談して……えっ?」


 野々原さんの目からポロポロと涙がこぼれ始める。


「ご、ごめん、やっぱりいじめの証拠集めなんて辛いよね。いじめを受けている動画とか必要になるし……。じゃあどうしようかな? うーん……」

「う、ううん。違うの。ごめんね久我島君……」

「野々原さんが謝ることなんてなにもないよ。俺が無神経だっただけで……」

「違うの。そうじゃないの」

「違うって……?」


 泣き顔で顔をくしゃくしゃにしながら、野々原さんは俺をここへ連れて来た理由を話す。


「……天菜たちが」


 あいつらそんなことを野々原さんにやらせようとしていたなんて……。


 俺は天菜と付き合っていて辛いとは何度も思ったが、怒りを感じたことは一度も無かった。でも今は怒っている。心の底から、天菜に対して怒りを感じていた。


「ごめんねっ。本当にごめんね久我島君っ」

「いや、野々原さんはなにも悪くないよ」


 それにしてもまいったな。このままじゃ野々原さんは天菜たちからひどい目に遭わされる。家にいれば大丈夫だろうけど、外へ出ないわけにもいかないし、外では俺がずっと一緒にいるっていうのも難しい。一体どうしたら……。


「おにい」

「えっ? あ、兎極」


 空教室の引き戸を開いて兎極が入って来る。


「どうしてここにいるってわかったんだ?」

「クラスの山田さんに聞いたら野々原さんと空き教室のあるほうへ向かったって」

「ああ。ごめん。ちょっと大切な話があって。すぐ中庭へ向かうつもりだったんだけど……」

「またあのクソ女がくだらないこと考えてるみたいだね」

「聞いてたのか」

「うん。浮気してたらおにいを叩いてやろうと思って、聞き耳立ててたの」

「う、浮気って……」

「えっ? 久我島君と獅子真さんってやっぱりそういう関係なの?」

「いや、違うよ。俺と兎極は……」

「おにいとわたしは恋人以上夫婦未満な感じかな」

「い、いいかげんなこと言うなよっ」


 俺なんかじゃ兎極とはつり合わない。

 兎極は美人で頭も良いし、俺なんかよりもっと良い男と……。いや、今はそんなことを考えているときじゃないか。


「本気なんだけどなぁ」

「そ、それよりも今は野々原さんをどうやって天菜たちから守るか考えないといけないから。ああ、どうしようかな……」


 転校して天菜たちから離れるのがもっとも安全な方法なんだけど、入学して日も浅いのにそれはさすがに……。


「……もういいよ久我島君」


 俯いた状態で野々原さんがそう呟く。


「これはわたしのことだし、自分でなんとかするから……」

「そういうわけにはいかないよ」


 付き合っていた俺が言うのもなんだが、天菜は平気でひどいことをする女だ。天菜たちがしていた野々原さんへのいじめは、知っているだけでもひどいものばかりで、やめさせることができなかったことを申し訳なく思っている。


 中学のころにされていたいじめよりもひどいことをされれば、野々原さんがどうなってしまうかわからない。最悪、自殺なんてことも……。


 そんなことにならないため、なんとしても天菜たちから野々原さんを守らなければならなかった。


「もうこうなったらそれっぽい動画を撮って誤魔化すしか……。いや、でも、嘘でも嫌だよね野々原さんはそんなの」

「えっ? い、いやあの……別に嫌じゃ……」


 ボソボソと何事かを呟きながら野々原さんは俯く。


「わ、わたし久我島君となら……」

「そんなの甘いって」


 野々原さんの小さな声を兎極の声が消し飛ばす。


「映像のプロじゃないんだしさ。嘘の動画なんて撮ってもすぐバレるよ」

「けど他に方法が思いつかないしさ」

「おにいがさっき言った通りの方法がいいよ」

「俺がさっき言った方法って?」

「野々原さんがあいつらにいじめられてる動画を撮るって方法」

「いや、でも、それはやっぱり辛いんじゃないかな? 実際にいじめに遭わなきゃいけないわけだしさ」

「けどそれが一番良い方法だよ? いじめの動画を押さえればあいつらを退学にさせる武器になるし」

「それはそうかもしれないけど……」


 それには野々原さんが天菜たちからひどい目に遭わされなければならない。野々原さんにそれを求めるのは酷だ。


「わ、わたし……」

「えっ?」

「耐える。それが一番良い方法なら、いじめの動画を撮るのに耐えるから」

「けど……」

「わたしのことだから、わたしが一番にがんばらないと。だから……」


 手が震えている。本当は怖いのだろう。


 しかし野々原さんは決意を込めた瞳で俺を見つめる。この瞳を見た俺は、もう彼女に止める言葉はかけられなかった。


「じゃあ決まりだね、大丈夫。痛い思いをしてもそれは無駄じゃないからね。必ずあいつらに吠え面かかせることに繋がるよ。あと、ヤバそうだったらすぐ助けられるようにおにいとわたしでちゃんと見張ってるから」

「うん……」

「よし。じゃあわたしはあいつらを泣かせるおまけでも仕入れてこようかな」

「おまけってなんだ?」

「それは当日のお楽しみ。準備があるから計画の実行は3日後ね。それまであいつらにはまだ動画は撮れてないって言っといてね」

「うん。わかった」


 野々原さんの返事を聞いた兎極は少し悪そうな表情で笑う。


 おまけってなんだろう?

 考えてもさっぱりわからなかった。


 ――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 天菜たちの悪い企みは兎極ちゃんの知るところとなってしまいましたね。さて兎極ちゃんの仕入れてくるおまけとはなんなのか? 極悪いじめっ子3人衆へのおしおきが始まります。


 たくさんの☆、フォロー、応援をありがとうございます! モチベーションを上げて続きを書いていきます!

 引き続き☆、フォロー、応援をよろしくお願いいたします! 感想もお待ちしております!


 次回、視聴覚室に呼ばれたいじめっ子たちが目にしたものとは……、

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る