第16話 おにいの服を汚した責任は取ってもらうよ

「あん? なんだよ文句あんのか?」

「ガキが生意気にデートなんてしてんじゃねーよっ!」

「こんなしょぼい男とデートしてんのかよ? うけるー」


 兎極の目がますますと鋭くなっていく。

 この目は完全に喧嘩モードだ。


「おにい、ちょっと……」

「えっ?」


 兎極に手を引かれ、俺たちは周囲に注目されつつ席を離れる。


「逃げんのかよー? おい」

「ぎゃははっ!」


 俺たちを笑う信号機を無視して兎極は席を抜けて通路に出る。


 このまま帰るのかな……と思いきや、兎極は信号機が座っている席のうしろへと回り込み、空いていた席へ座った。


 席を移動しただけ……ではなく、


 ガンっ!


 前の席を蹴飛ばす。


 信号機が座っている席の3つを順番にガンガンと蹴った。


「おいっ! ふがっ!?」


 振り返って顔を出した赤信号の髪を兎極は掴む。


「なにして……はがっ!?」


 次に黄色信号の髪を掴む。


「あん? ほがっ!?」」


 そして最後に青信号の髪を掴んだ。


「なっ……て、てめえさっきのガキ……」

「信号機ってのはよぉ、赤青黄色3つが並んでくっついてるもんだよなぁ? あたしがくっつけてやるよ」


 3人の髪を引っ張って強引に束ねた兎極は、束ねた髪の塊へ蓋を開けた小さなチューブを突っ込んでぐちゃぐちゃと揉み込む。


「てめえなにしてんだっ! 離せっ!」

「いいぜ」


 兎極が手を離す。しかし3人の髪は離れない。


「な、なんだこれ? は、離れないっ!」

「いたたっ! 引っ張らないでよっ!」

「ちょ……離れてよっ!」


 3人は必死に髪を離そうとするも、纏まった髪は固まったように解けなかった。


「無理だよ。こいつでくっつけたからな」


 兎極が鞄からさっきのチューブと同じものを取り出す。


「そ、それって……」

「瞬間接着剤だよ。石と石を一瞬でくっつけるすげー強力なやつ」

「て、てめえ、そんなものをあたしらの髪にっ! ふざけんなっ! 警察に突き出してやるからなっ!」

「ああん? なにがマッポだ。てめえらが先に喧嘩売ってきたんだろうが? こっちは買ってやっただけだっての。ぶん殴られねーだけありがたく思え」


 まあ先にジュースをぶっかけてきたり罵倒してきたのはあっちだし、兎極は仕返しをしてくれただけだ。こっちは悪くない。しかしなんで強力な瞬間接着剤などを兎極が持っているのかは謎だった。


「知らねーよそんなのっ! これ……なんとかなんねーのかよっ!」

「ならないこともないぜ」


 と、今度は鞄の中から小瓶を取り出す。


「これをぶっかければ接着が溶けるけど……」

「よこせっ!」


 赤信号が手を伸ばすも、小瓶を持った兎極の手はそれを避ける。


「おにいの着替えを買うから5万寄こせ」

「は?」

「ジュースぶっかけておにいの服を汚したろ? 着替え代を5万寄こせばこれをくれてやるよ」

「ふざけんなっ! そいつが先に舐めたこと言いやがったから……」

「いらねーなら別にいいぜ。髪を切るか、そのまま仲良く信号機みてーに頭並べて病院にでも行くんだな。おっと、すぐに取らねーと髪から皮膚に染み込んで、頭皮から髪が生えなくなるんだったかな。んじゃおにい、出ようか」


 立ち上がった兎極に手を引かれて席を離れようとする。


「ま、ままま待ったっ! わかったっ! 払うよっ! 払うからそれ寄こせっ!」

「最初からそうしろよ」


 3人で出し合った5万円を赤信号から受け取り、兎極は小瓶を渡す。

 それから必死な様子で小瓶の中身を髪に振りかける赤信号を尻目に、俺たちは映画館を出て行った。


「ごめんな俺のせいで」


 映画館から出て俺は兎極に謝る。


「ごめんって?」

「俺が3人に注意をしたせいで面倒をかけちゃって……」


 映画館からも途中で出ることになってしまい、兎極には申し訳ないことをしたと反省する。


「うるさいのを注意するのは普通じゃん? それに逆切れして喧嘩売ってきたあいつらが悪いの。おにいは悪くないよ」

「う、うん。けど映画は途中までになっちゃってごめんな」

「確かにあの映画を最後まで見れなかったのは残念だけど……」


 と、兎極は俺の腕に抱きつく。


「一番の目的はおにいとお出掛けすることだもん。だからいいの」

「そ、そうか?」

「うんっ」


 ニコニコ笑顔で兎極は頷く。


 このかわいらしい笑顔を見るたびに俺の胸は震えてしまう。このかわいさの中に、喧嘩最強の顔もあるのは不思議である。


「そういえば兎極お前、なんで瞬間接着剤なんて持ってたんだ?」


 ヒールのある靴でも穿いていれば理解できるが、そうではない。なぜ兎極が瞬間接着剤など持っているのか謎であった。


「えっ? 喧嘩用だよ」

「け、喧嘩用?」

「うん。他にもダクトテープとかパチンコ玉とか釘とか持ってるけど」


 それを喧嘩にどう使うのか? わかるようなわからないような……。


「あの3人、髪についた接着剤が取れたら怒って追って来ないかな?」


 兎極なら平気で返り討ちにできるだろうけど、こんな人の多いところでいさかいを起こしたら警察沙汰になりそうで心配だった。


「追ってこないよ。だってあの小瓶に入ってるのただの水だし」

「そ、そうだったのか?」

「うん。着替え代を出させるために嘘吐いたの。あんな奴らあのまま頭並べて病院に行くか、髪切って変な頭になっちゃえばいいんだよ」

「ははは、そうだな」


 なかなかの策士であると、俺は笑う。


「まあ頭皮に染み込んで髪の毛が生えなくなるってのも嘘だから、たいしたことにはならないだろうけどさ。あ、わたしさっきの5万円でなんか服を買って来るからさ。おにいはえっと……そこのネカフェに行ってシャワー浴びてきなよ」

「あ、わ、悪いな」」


 頭からかけられたジュースで身体中がベトベトだ。


 服のサイズを教えると、兎極は走って離れて行く。

 それを見送った俺はネカフェに向かった。


 ――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 今回はやさしめなおしおきでしたね。お金を受け取っているので、懐的には大ダメージを与えたかもしれませんが。


 ☆、フォロー、応援ありがとうございます。執筆の励みにさせていただいております。引き続き☆、フォロー、応援をよろしくお願いいたします。


 次回はクラスメイトの野々原楓さんに天菜の魔の手が……。

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