第15話 おにいと映画を見るよ

 ふたたび電車に乗った俺たちは、少し遅れたが映画館へとようやく着く。


「この映画が見たい」

「えっ?」


 兎極が指差したのは恋愛がテーマの映画だ。


「こっちじゃなくて?」


 俺が指差したのは極道ものの映画である。


「そんな怖いの見ないよー。わたし女子高生だよ?」

「そ、そうだな」


 ついさっき極道のような脅しをかけていた女子高生は誰かな……。


「じゃあ券を買って来るから」

「あ、待って。はいこれ、わたしの分」

「いいよ。映画代くらい俺が奢るから」

「ダメ。おにいだって学生なんだし、お金はあんまり持ってないでしょ? 自分のお金は大切にしないとダメだよ」

「う、うん。じゃあ……」


 実際、余裕で奢れるほどの金は無い。天菜にはいつも当たり前のように奢らされていたので、こう言ってお金を出してくれるのは正直ありがたかった。


「ありがとう兎極」

「お礼を言うことじゃないでしょ? 普通のこと」

「うん」


 兎極が見たいという恋愛映画の券を2枚買い、俺たちは映画館に入る。それから席に座って映画が始まるのを待った。


「これ義理のお兄さんと義妹が恋愛する話なんだって。わたしたちみたいだね」

「けど俺たちはもう兄妹じゃないだろ?」

「お父さんとママが離婚したって関係無いよ。わたしはおにいのこと大切な兄妹だって思ってるし。けど……」


 と、兎極の手が俺の手に触れる。


「本当の兄妹じゃないからいいんだよね」

「と、兎極?」

「わたしたちみたいっていうのは、兄妹って意味じゃなくてね……」


 兎極の指が俺の指へと絡む。

 それからじっと俺の目を見つめてきた。


 ……本当に綺麗でかわいらしい。

 小学生まではずっと義妹だと思ってきた。しかしもう違う。兎極がどう思おうと、俺たちはもう兄妹じゃない。なら俺は兎極をどう思っているんだろう? 友達というほど遠くはなく、家族ほど近くはない。たぶん中間あたり。


 友達と家族の中間って……。


「おにい、わたしね……」

「まぁだ始まんないのぉっ!」


 と、そのときうしろの席から大声が聞こえる。


「早く始まれよなーっ! 暇じゃねーんだぞうちらーっ!」

「ぎゃははっ! 愛華、声でけーってっ!」

「うける」


 なにやら行儀が悪い女の集団がいるようだ。


 こんなのがうしろにいるなんてツキが無いなと俺はため息を吐く。


「ちょっとうるさいね」


 そう言って兎極は困ったような笑顔を見せる。


「うん。けど、始まったら静かになるだろうし我慢しようか」

「そうだね」


 兎極は喧嘩をするが、決して気が短いわけではない。多少の迷惑くらいで怒ったりすることはないのだ。


 やがて映画が始まり、うしろの連中は予想通り静かになる。


 ……映画の内容は兎極の言っていた通り、義理の兄妹が恋愛をするものだ。両親の離婚で離ればなれになってしまう展開は、確かに俺たちと同じだった。


「あ……」


 兎極の手が俺の手をギュッと握る。

 横を見ると、潤むような瞳で映画を眺める兎極の顔があった。


 それを目にした俺の心臓が高鳴る。


 ……綺麗だ。


 その美しい横顔はまるで絵画のようであった。


 俺の手を握る手。

 義理の兄妹愛がテーマの映画を見ながら兎極はなにを思うのか?


 胸をドキドキと鳴らしながら、俺が兎極の心中を想像していると……。


「あれ兄妹っしょ? なんかキモくねー?」

「てかつまんねー。ホスト行こうよ」

「朝からホストかよ。てか金ないしー」


 またうしろが騒ぎ始めた。ひそひそくらいならまあいいのだが、普通の声量で話すのでうるさい。


 映画に集中しているのか、兎極は気にしていない様子だが……。


 注意したほうがいいかな?

 兎極がどう思ってるかはともかく、背後で騒がれると俺は気になるので少し言っておくかと振り返る。


 ……そこにいたのは右から青黄色赤と信号機みたいな色の長い髪をした、20代くらいの小汚い感じの女たちだった。


「あん? なんだよ?」


 真ん中の黄色信号が俺を睨む。


「あ、すいません。少し静かにしていただけますか?」

「はあ?」


 赤信号が眉を顰める。


「てめえには関係ねーだろ」


 そして青信号が吠える。


「いや、うるさいので……」

「うるせーのはてめえだろ」

「引っ込んでろカス」

「死ね」


 ……壊れた信号機に罵声を浴びた俺は諦め、元通り席へと座る。

 兎極は集中しているようで、信号機とのやり取りには気付かなかったようだ。


 まあ兎極が気にせず、集中して見てられるならいいか。


 俺も気にせず集中して……。


 バシャっ!


「うわっ? えっ?」


 なにやら冷たいものが頭上から降って来る。


「ぎゃははっ! ばーかっ!」

「良い子ぶってんじゃねーよクソガキっ!」

「うけるんだけど」


 振り返ると、信号機の3人が空の紙コップを逆さにして笑っていた。


「おにいっ? あっ!?」


 俺と俺を見下ろして笑う信号機を交互に見て兎極の目が鋭くなる。


 ――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 楽しい映画鑑賞のはずが迷惑客のおかげで台無し。おにいちゃんにジュースをぶっかけられた兎極ちゃんのお仕置きが始まります。


 ☆、フォロー、応援をくださり、ありがとうございます! モチベーションを上げて続きを書いていきます!

 引き続き☆、フォローをよろしくお願いいたします。感想もお待ちしております。


 次回は信号機女3人組にお仕置きです。

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