第7話 おにいに悪さしたクソ野郎を叩きのめそう

 人数はさっきよりずっと多い。

 パッと見で30人くらいはいそうだった。


「みんなでバットなんか持って、これから野球にでも行くのかな? 藤岡?」

「ああ。叩くのはボールじゃねえけどな」


 そう言って藤岡は不敵に笑う。


「てめえが最強だったのは5年も前だ。もうてめえなんか怖くねーよ。あのときの礼をしてやるぜ」

「武器持って人数集めて怖くねーだ? 笑わせんなよお漏らし武史よぉ」

「けっ、てめえに恨みのある奴に声かけたらこんだけ集まっただけだ。覚悟しやがれ。綺麗な身体じゃ帰れねーぜ。へっへっへっ」


 下衆な笑みを見せる藤岡の表情から、奴がなにを考えているのか察する。


「兎極、逃げろ。俺がなんとか時間を稼ぐから」


 兎極が強いのは知っている。けれど相手は30人くらいいて、武器も持っているのだ。いかにかつてシルバーファングと恐れられた喧嘩最強の兎極だって、勝てるはずはない。


「なに言ってるの? あれくらいぜんぜんだいじょーぶだから」

「い、いやなに言ってるのはお前だ。勝てるわけないだろ?」

「まあ見てなって」


 兎極は指を鳴らして男たちへ近づいて行く。

 止めようとするも、その背に異様な迫力を感じて俺は声が出なかった。


「その女さ、昔からムカついてたんだよねー。男にやたらちやほやされて調子に乗りやがってさ。いつかその顔に傷つけてやろうと思ってたんだ」


 片山がナイフを取り出してそれを兎極へ向ける。


 片山は小学生のときから藤岡とつるんでいる不良の女だ。気弱な女子生徒をいじめているところを兎極に止められて喧嘩になり、ボコボコにされたことを今でも根に持っているらしかった。


「おいおい顔に傷つけるのは最後にしろよ。せっかく綺麗な顔してやがんだ。そのまま楽しませてもらいてーからよぉ。へっへっへっ」


 なんて野郎だ。

 クズだとは思っていたが、想像以上の下衆野郎であった。


「てめえが泣き喚くツラを見るのが今から楽しみだぜっ! やっちまえっ!」


 藤岡の声とともに男たちが一斉に兎極へと襲い掛かる。

 だが兎極は微動だにしない。そして動いたと思った瞬間……。


 ……本当にあっという間だった。

 気付けば男たちはボコボコになって地面に倒れ伏し、誰もがピクピクと微動しながら呻いていた。


「ば、化け物だ……」


 たぶん一番に殴られただろう藤岡が苦しそうに呟く。


 実際、その例えは正しい。

 鬼神の如き強さで、兎極は全員をものの数秒ほどで倒してしまったのだから。


「おいお漏らし武史」

「ひぃっ!」


 近づく兎極を見て藤岡が悲鳴に近い声を上げる。


「誰の泣き喚くツラが見てえって? あ?」

「いえあのその……ぼ、僕ですか?」

「ああ。じゃあ泣けよ」

「えっ? い、いえ泣けと急に言われて……いいいいぎぎぎっ!?」


 兎極は藤岡の鼻を摘まんで捻り上げる。そして、


 ゴキッ


「ぎゃあっ!!」


 ここからではよく見えないが、たぶん折れた。

 目を凝らしてよく見ると、やはり鼻は変な方向に曲がっていた。


「いいいだだだだあああああっ!!!」

「おお、おお、男がみっとなく泣き喚きやがってよっ!」


 ゴキッ


「んぎゃあああっ!!!」


 折れた鼻を反対方向へ折り曲げる。

 見ているだけで痛々しかった。


「ひっ、ひっ……いいい……」

「うん? おいおい藤岡ぁ。てめえまた小便漏らしてるじゃねーか。お漏らし武史の名前は伊達じゃねーなー。ああ?」


 藤岡は白目を剥いており、恐らく気を失っていた。


「ああ、ああ、小便漏らして気絶しちまうなんてみっとねーなぁ。そう思わねーかぁ? ええ、片山よぉ」

「ひいっ!?」


 ひとり後方にいた片山は背を見せて逃げようとしていた。


「あれだけイキっておいてよぉ。ひとりだけ無事に逃げるのはねーんじゃねーの?」

「い、いやあの……」


 振り返った片山の表情は恐怖そのものだ。

 さっきまでナイフを持ってイキリ倒していた余裕づらは見る影もない。


「誰の顔に傷をつけてくれるんだって? おう?」

「え、あの……だ、誰でしょう?」

「あ? てめえの顔に死ぬまで消えねー入れ墨でも彫ってやっか?」

「すいません許してくださいっ!」


 片山はその場で土下座する。


「許す? 嫌だよ」

「ひぃ……」


 土下座から顔を上げた片山の顔は涙でグシャグシャであった。


「立て」

「か、勘弁して……うぐっ」


 髪の毛を掴んで無理やり立たせる。


「脱げよ」

「えっ?」

「えっ? じゃねーよ。服を脱いで裸になんだよ」

「ど、どうし……」

「嫌なら入れ墨だな」

「わ、わかりました」


 慌てて片山は服を脱ぎ始める。


 俺は目を伏せ、なるべく見ないようにした。


「ぬ……脱ぎました」


 チラと見た片山は全裸になっており、胸と下半身を両手で隠していた。


「貧相な身体だなてめー。本当に女かよ?」

「もう勘弁してください……」

「ああ。じゃあ……」

「えっ? ちょ……」


 なにをする気なのか、兎極は片山の身体を持ち上げ、


「おりゃっ!」

「いやあああっ!!?」


 川へと放り投げる。

 直後にザパンと大きな音を立てて、川にしぶきが上がった。


「てめえらもだよ」

「えっ? うわあああっ!!?」


 倒れている男たちも次から次へと川へ放り込む。

 やがて全員を川へ放り込むと、兎極は満足した表情でこちらへ戻って来た。


「少しは気が晴れた? おにい」

「えっ?」

「藤岡たちに結構やられてたんでしょ? おにいの代わりにわたしがあいつら懲らしめてやったから」

「あ、俺のために……」

「足りないならもっとやってもいいけど?」

「い、いや、十分だよ」


 あれ以上やったらたぶん死人が出る。

 あの連中がどうなろうとどうでもいいが、兎極を殺人犯にするわけにはいかない。


「ありがとう。あとごめん。俺が弱いせいでやり返しなんてやらせちゃって」

「いや、いずれにせよわたし、売られた喧嘩は買うし、やるなら徹底的だからそんなに変わらなかったと思うよ? 川には放り込まなかったかも」

「そ、そうか」


 昔から喧嘩をするときは徹底的に叩きのめすだった。

 高校生になってもそれは変わっていないようだ。


「おにい……」

「えっ? わ……っ」


 不意に兎極は俺の頭を掴み、胸へと抱き寄せた。


「あ、ああ兎極っ? む、胸が……」


「これからもわたしがおにいを守ってあげる。もう誰にもおにいを傷つけさせたりしないんだから」

「兎極……」


 先ほど喧嘩していたときとは打って変わってやさしい声で囁く兎極。甘い声と胸の感触に心地よくなった俺は、しばらくこのまま抱かれ続けていた。


 ――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 身体はちっちゃいのに喧嘩はむちゃくちゃ強い兎極ちゃん。五貴の元カノ天菜は物語の終わりまで生きていられるのか……?


 ☆、フォローをいただけたら嬉しいです。

 感想もお待ちしております。


 次回はついに兎極ちゃんと天菜が衝突。

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