続 村の少年探偵・隆 その5 肝油ドロップ

山谷麻也

第1話 麦飯

 隆が子供の頃、まだ世の中は貧しかった。

 下着や靴下はもちろん、上着も継ぎはぎだらけだった。靴は麻や綿のズック靴で、古くなると水が滲みた。


 食糧は半自給自足だった。

 隆の住む千足せんぞく村では、たいていの家が麦や米の主食、蕎麦そばや粟、トウモロコシなどの雑穀あるいは野菜類は自前だった。味噌や醤油も自家製、酒(ドブロク)も広く醸造され、もはや「密造酒」ではなくなっていた、と聞いた。


 記録によると、隆が生まれる1年前、当時の池田隼人大蔵大臣が財政難対策として「低所得者は麦、高所得者はコメを食う方向に持って行きたい」などと発言したことになっている。大問題になったらしい。麦は貧乏の象徴、とされていたのである。


 I街道の奥地・I地方は米作に適していなかった。このため「病気にならないとコメを食べさせてもらえない」などということが、まことしやかにささやかれていた。「都市伝説」ならぬ「田舎伝説」である。

 コメはめったに拝むことがなかったのだろう。いまわの際に、枕元で「ほら、これがコメじゃ」とコメを入れた竹筒を振ってやり、冥途めいどの土産にした、などという笑えない話もある。


 隆が小学校にあがってからでも「貧乏人は麦を食え」という言葉はリアリティを持っていた。

 普段は麦飯、コメが食べられるのは盆・正月・祭りの日くらい、という時代が長く続いた。やがて、押し麦にコメを混ぜるようになった。弁当に押し麦の量が多いと、体で隠しながら食べている光景もよく目にしたものだった。


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