川島くんの邂逅

野村絽麻子

第1話

 よく冷えた冬の朝、マフラーをきつく巻きながら出勤すると、隣の席の棟田くんがロボットになっていた。

 正確には棟田くんがロボットになったのではなくて、棟田くんの代理を務めるロボットが棟田くんの席について棟田くんの業務をこなしていた、という話だ。

 僕が驚いて立ち尽くしていると、ロボットはキーボードをタイプしていた手の動きをふと止めてこちらを向いた。銀色の艶消しの外観に無機質なランプが幾つか灯っている。吸排気口なのか、サメのエラにも似た隙間が並び、そこからシュイーンという微かな音をさせながら顔っぽい部分を持ち上げた。

「おはようございます、川島さん」

「……おはよう、ございます」

「本日より棟田の代理を務めます、サブ・ロボットです。よろしくお願いします」

「こちらこそ。……よろしくお願いします」

 キュルキュル、と小さな音がした。僕がぽかんとしているうちに、棟田くんのサブ・ロボットとやらは挨拶は済んだとばかりにパソコンに向き直って、またキーボードをタイプし始めた。

 パソコン本体の裏側からUSBケーブルが伸びて、ロボットの右の脇腹に接続されている。棟田くんがいつか自慢していた光学式マウスとアベンジャーズのイラストのプリントされたマウスパッドは片付けられていて、たぶんだけど、ロボットにはマウス操作が必要ないらしい。なのにキーボードは使うんだな。マフラーを外してとりあえずハンガーに引っ掛けながらそんな事を思った。


 昼休憩の時間になると同時にロボットはスリープ状態になった。

 キーボードから手を浮かせ、シュイーンという小さな音をさせながら引っ込めたアームを身体の前で器用に折りたたむ。そのまま頭部が前に傾いだのでまるで眠っている人みたいに見えた。ロボットでも労働基準法に基づいて行動するものらしい。その慎ましい姿を数秒見てから僕も休憩しようと部屋を出る。

「ちょっと川島くん! 災難ねぇ、変なのが隣に来ちゃって!」

 食堂に向かう階段を登っていると、パート社員の今野さんが擦り寄ってきた。パーソナルスペースが狭いタイプの人ってたまにいる。

「まぁ、でも……仕事は正確ですし」

「そりゃそうでしょ! ロボットなんだから当たり前よぉ」

 今野さんはじっとりとした目で撫でるように僕を見た。

「テレビで“流行ってる”って言ってるの聞いたけど、まさかうちの会社にも来るなんてねぇ」

「あれって流行ってるんですか?」

「そうみたい。なんでも、サブスク? で、月額制なんだって」

「サブスク……」

「そう。グレードによって値段が変わるらしいのよね。あれって幾らくらいのロボットなのかしらね」

「グレード……」

 僕の反応が今ひとつだったと見えて、今野さんは「まぁ、気をつけてねぇ」などと適当な事を言いながら他のパート社員の輪に溶け込んでいってしまった。

 僕は昼食のサンドウィッチをむしゃむしゃやりながら、手元の端末で検索をかける。

 サブ・ロボットとやらは「今、大注目の働き方!」で、「富裕層の税金対策」になったりもして、少し前に流行った「FIRE」にも似たムーブメントになっていると言う事だった。

 なんでも、自分とロボットを同期させて仕事のノウハウをコピーし、ロボットに仕事をして貰う間は自由に時間を使える。

 これを上手く利用すればリフレッシュ休暇を取得する間も業務に支障が出ないため、企業としても歓迎。ロボットのグレードに応じて政府から補助金まで出るらしい。サブスクの利用料さえ都合がつけば使いたい人は多いという。まさに理想的なサービスなのだ。

 サンドウィッチを包んでいたワックスペーパーを丸めて捨てる。自動販売機でコーヒーを買い、紙コップの中身を溢さないよう慎重に歩いてオフィスへ戻る。

 棟田くんのロボットは時間になると小さくモーター音をさせながらスリープモードを解除する。パソコンのスリープも同時に解除されて、何事もなかったかのように、再びキーボードをタイプし始めた。

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