第102話 予選
闘技大会予選当日。
ハルトは闘技場の受付の不愛想なお姉さんから、出場者の証のバッジを受け取った。93番と記されたバッジをすぐに胸に付ける。
それから、促されるままに武闘ステージに入ると、既に多くの出場者が円形のステージ内にいた。シャドーボクシングのように仮想敵とのイメージトレーニングをしている者もいれば、壁にもたれて座っている者もいる。
武器を持っている者は皆無だった。予選は素手での戦闘、となっているためだ。魔法攻撃も禁止らしい。魔術師にとってはなかなかシビアなルールだと言える。
ハルトも壁際まで歩いていき、座って開始の時刻を待つ。出場者を眺めながらも、頭では昨日までの記憶を追っていた。
ミーシャの記憶から、ハルトはミーシャの囚われていた奴隷商館がおそらくカイの囚われている商館だと気が付いた。
ミーシャがはっきりとカイを見ていた訳ではない。だが、地下室にやたらと高待遇を受ける開かずの間があること。そこは人間が収容されているらしいこと。また、ただの一奴隷商館に主要領地の領主が自ら足を運んでいること。これらの状況証拠から、ハルトはここにカイが監禁されているのではないか、と推測した。
ハルトは実際にその奴隷商館に足を運んで、これまでと同じように地下室を見せるよう要求してみたが、軽くあしらわれてしまった。さすがに大規模な商館なだけあって、ハルトが持っている金貨ごときでは、特別待遇はしてくれないようだ。また、警備も異様に厚く、忍び込むのも容易ではなさそうだった。だからこそ余計に怪しいというものだ。
どうしたら良いか、あれこれと策を練っているうちにうちに、闘技大会の予選当日になってしまい、仕方なくカイの救出はナタリアを捕えてからにしようと後に回した。
不意に武闘ステージの出入口の大門がゆっくりと閉まっていく。と、同時にアナウンスが会場に響いた。
「それでは、これより予選第1組を実施します。皆さんにはこれから武闘ステージ内の全員で戦闘を行っていただきます。武器や魔法、魔術による攻撃、それから浮遊魔法は禁止です。意識を失った者、死亡した者は随時スタッフがステージから移動させます。最後の一人まで残った者に本選出場権が与えられます。試合中、棄権したい場合は両手を挙げれば、スタッフがステージ外に移動させます。説明は以上です。質問は受け付けません。3分後に開始します。準備してください」
突然の有無を言わさぬアナウンスに、出場者の多くは慌てて立ち上がり、構えをとった。
この時点で、おおよその力量は読み取れる。自信のあるもの、実力のあるものは動きに余裕が見られる。ゆっくりと立ち上がる者、すぐに立ち上がるが冷静に他の出場者を観察する者、未だ座ったままの者。実力者は常にリラックスしている。
ハルトはなるべく人の密度が薄い場所まで歩いていき、開始を待った。ざっと見たところ、100人くらいはいる。ほとんどは人間だった。常にサーチ感知に意識を向けていれば不意打ちを食うことはなさそうだ。ただ、エルフなどの亜人が混ざっていた場合はその限りではない。警戒は不可欠だ。
「時間になりました。戦闘を開始してください」
アナウンスと同時に、一斉に戦闘が始まった。
雄叫びと怒号が飛び交い、拳と拳の殴り合いがそこらかしこで勃発する。ハルトは襲い掛かって来る者にカウンターを入れながらも、なるべく戦わないように立ち回る。
その一方で、見るからに好戦的な大男が、出場者の塊に飛び込んでいった。大男は確かに強く、多少の被ダメージはものともせず、敵をまとめてなぎ倒していた。
だが、やがて動きが鈍っていき、顎に良い蹴りを一発もらうと、ふらふらとよろめきながら片膝をついた。待ってましたとばかりに、出場者たちが大男に次々と拳打を加え、大男はついには地に伏した。
この予選は敵を多く倒した者が勝者となる訳ではない。最後まで残った者が勝者なのだ。であれば、積極的に戦闘するのは避けるべきであった。
体力を温存しながらも、やって来た敵には極力最小の労力で返り討ちにするか、あるいは追い払う。それがハルトのとった戦法である。
多くはスタジアムの壁際に陣取っていた。背後が壁であれば死角から襲われる心配はない。そのため、皆が壁に寄った位置取りをしていた。
だがハルトは敢えて中央に構えた。敵が少ない上にサーチ感知を使っていれば死角はほぼない。
やがて、残っている出場者は10人程度に絞られた。こうなると、もはやどの敵とかち合っても猛者しかいない。
目の細い長身の男がハルトをマークして、攻めてきた。男はハルトから10メートル程の距離で、突如10体に分身した。
(これは…………幻魔術か)
ハルトは柔らかく構えて敵の接近を待つ。10人の男が口角を吊り上げた同じ表情でハルトに迫った。キモイ、とハルトは顔を顰める。
「攻撃魔法は禁止されたが、そのほかの魔法は禁止とは言われていなァい! ハハぁっ!」
聞いてもいないのに、誰もが気付いていることを男は得意げに語った。
第一の男がハルトに迫る。が、ハルトは突っ立ったまま微動だにしない。男の拳がハルトをすり抜けていく。第二、第三も同様であった。
くっ、と10体の男がまたも同じ顔を歪ませる。次に第四、第五が同時に攻撃を仕掛けてきた。
ハルトは第四男は無視して、第5の男の攻撃に合わせ、適度に加減しながら青い魔力を纏った拳を男の顎にスコン打ち込んだ。
男は目を見開いたまま、白目を剥いて、ふらりと倒れた。
(だから、感知してるからその手の攻撃は効かないって)
男はそんなこと知るはずもない。が、感知系魔法が使われている可能性を考慮しなかったのは男の落ち度だとも言えた。
ハルトが周りをさっと見渡すと敵は残り3人。今の数秒で5人が脱落していた。幻魔術男へのハルトの一撃を見ていた3人は、ほぼ同時にハルトに狙いを絞り、距離を詰めてきた。
敵の2人が同時にハルトに拳を突き出す。ハルトは後ろに跳んでそれを躱した。
当然3人目は退いたハルトに向けて距離を詰めるわけだが、ハルトは退いてすぐに、3人目を置き去りに再度前方に距離を詰めた。拳を突き出したままの1人目、2人目の男たちの片方の腹をハルトは思い切り殴りつける。男は10メートル程吹き飛んで撃沈した。隣の男がハイキックを繰り出すがハルトはしゃがんで避けて張り手で2人目を飛ばして気絶させた。
(残るは1人)
ハルトが目を向けると、残る1人は慌ててハルトと距離をとった。
「お前……何者だ」
ハルトはミーシャに説明したことと齟齬が出てはいけないと、「商人です」と答えた。
「ふざけるな! 大の男を10メートルも殴り飛ばす商人がいてたまるか!」
その男は叫んでから、さらに後ろに跳んでハルトから離れ、早口で詠唱しだした。
「ガードアップ、オーバーガードアップ、ノックバックレジスト、エンチャントロック、プロテクションボディ、アイアンベール」
男が唱えたのは全て支援魔法だ。それも物理防御力を向上させるものばかり。
男は不気味な笑みを浮かべてから、満を持して再びハルトに接近してきた。男の動きは先ほどよりも鈍い。防御力を上げて素早さを下げる魔法をかけたせいだろう。
男の鈍い拳をくぐるように避けて、ハルトがカウンターに腹を殴りつけるが、男は吹き飛ばなかった。それどころか、ハルトの攻撃を少し顔を歪める程度で耐え抜いて、すぐに2撃目の拳打を繰り出して来たのである。
ハルトは一度後ろに退いて男の攻撃を躱した。
(
幸い男の動きは鈍いのでハルトが攻撃を受けることもなさそうだが、これでは勝負がつかない。仕方がない、とハルトは右腕を纏う青い魔力を一層厚くし、魔力の流れるスピードを加速させた。
それからの戦闘は一方的だった。
ハルトが一瞬で男と間合いを詰めると、男の首を左手で鷲掴み、一瞬の内に右手で何度も男の顔面を殴りつけた。1秒間で5回以上も放たれる拳打は、もはや何回男を打ち付けたのかすら分からない程の猛打だった。
殺すつもりの殴り方でも死なないだろう、と踏んでの猛攻だ。ハルトの読み通り、男は息絶えることはなかった。だが、パンパンに顔を腫らせてもはや意識はなく、ハルトが左手を離すとドシャ、と地面に崩れた。
「そこまで。予選第1組の勝者は93番に決定しました。93番は受付へ移動してください。それ以外の方は解散になります。お疲れ様でした」
はぁ、と汗だくの額を拭って、ハルトは座り込んだ。
予選でこれとは、とハルトは大の字に倒れ込み胸を上下させながら、しばらくの間、途方に暮れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます