第98話 反乱軍
目の前で馬車を漁るハルトを前に、ミーシャはおろおろと挙動不審に忙しなく顔を振っていた。
「お、これ、可愛いじゃん。値段も0ゴールドでお手頃価格」ハルトが女性用の
「お手頃……と言いますか……こんなことして良いんでしょうか」ミーシャは丸められた
「まぁまぁ、硬いこと言わない。置いて行ってもどうせ朽ち果てるだけなんだから。メンズ服もないかなぁ」
「はやく国境を離れたいんじゃなかったんですか?」
「それはそうなんだけどさ。長旅には定期的な物資の調達は必須なわけよ。お、ホシ肉だ」またハルトが勝手に懐にホシ肉を忍ばせた。
ミーシャはハルトの説得を諦めざるを得なかった。この少年は人のいう事を碌に聞かないタイプだ、となんとなく察する。
手持ち無沙汰になり、なんとなく渡された
「こ、こ、こんな高価な衣類着れません!」
「お、このナイフいかす。もーらい」とハルトがまた荷台のからナイフを一つ拾い上げた。
「聞いてます?!」
ミーシャの抗議にハルトは面倒くさそうに「なんだよ、もぅ。うるさいな」と顔を顰めた。
「や、やっぱり今のままの服じゃダメですか?」眉を下げて懇願するようにハルトを見上げた。
ハルトは、じーっとミーシャの服に見つめてから、にっこりと笑みを作って応じる。「今着てるのは服とは呼べません。薄汚れた布です」
ミーシャは顎を引いて自分の奴隷服にもう一度目を向けた。
確かに汚い——し、何か臭いような気もしてくる。自覚したら、ハルトの近くにいるのが急に恥ずかしくなり、ミーシャは3歩後ろに退いた。
究極の二択だった。
臭い服を着るか、身の丈に合わない高価な服を着るか。
目を詰むって。うう、と呻くように葛藤すること数分。
やがてミーシャは「き、着替えて来ます……」と馬車の影に消えて行った。
ハルトはそれを見送ってから、先ほど拾い上げたナイフに目を落とす。
「これは……使えるかもしれないな」
呟いてから、ハルトはナイフをバッグにしまった。
♦︎
延々と続く荒野は、昼間は容赦ない日差しが襲い掛かり、日が暮れると身が凍る風が吹きすさんだ。
風から隠れるように岩陰に身を寄せ、2人は座っていた。
夜中の移動は危険が増す。視界が悪いだけではない。照明魔法などを使えば、『ここに獲物がいます』と自ら教えているようなものだ。そのため、夜はじっと身を隠すのが旅をする者の常識だった。ハルトとミーシャも例に漏れず、今日はそこで夜を過ごすことにした。
ミーシャがガタガタと膝を抱えるようにして震えていると、不意に肩から柔らかい毛布を掛けられた。ミーシャが顔を向ける前に、ハルトがミーシャの隣に座り込む。
「あったかいだろ?」ハルトが笑った。ハルトと触れている肩に、温もりがじんわりと移って来る。
「あ、あたし臭いんで!」ミーシャは慌てて離れようとするが、一度温もりを感じた後にそこから離れるのは寒さが際立ち、一層辛かった。
「別に臭くないよ。というか、風邪ひくよ? 早く入りんしゃい」
ハルトの手招きにあらがえず、ミーシャは若干ばつが悪そうに再び毛布に包まった。
「ミーシャの故郷はどこなの?」
不意に発せられた質問に、ミーシャは若干戸惑いつつも、口を開く。「ここよりずっと北の土地です。先の戦争の終わりに捕虜になって、それからは奴隷としてこの国を転々と連れまわされています」
「じゃあ、もしかして今向かってるのって、その北の国?」若干ハルトの頬が引き攣った。心の声が顔に出過ぎているハルトが可笑しくて「違いますよ」とミーシャは笑いながら答えた。「今、向かっているのは王都です」
「王都」とハルトが繰り返す。
「はい。そこで同族が捕まっているんです」
「猫人族が?」
「……はい。あたしは王都から別のどこかへ移送されている途中だったので。元は王都の奴隷商館から来ました」
ややあってから、ハルトは躊躇いがちに訊ねた。「王都に戻ってどうするつもり?」
ミーシャは表情のない顔をハルトに向ける。鋭い針のように細い瞳孔が暗闇の中、不気味に光る。
やがて、ミーシャがハルトから目を逸らした。ミーシャはハルトの質問には答えず、逆に質問を返す。
「ハルトさんは、反乱軍の幹部……ってところですか?」
「反乱軍?」とハルトが聞き返すと、ミーシャは、あれ、と意外そうにまたハルトに顔を向けた。
「違いましたか? こんなところで単独行動をしているから、国の兵ではないと思ったのですが」
「だから、僕は旅の商人だって」
「オークを一撃で倒す商人なんて聞いたことがありません」
「そういう商人がいたっていいと思います。で、反乱軍って何?」
ハルトが話を変えると、ミーシャは目を細めて訝しんだ。
この国の人間で、反乱軍を知らない者などいない。このやり取りだけでハルトが他国のスパイだとミーシャは確信した。
だが、ミーシャにとってはそれはどうでも良いことだった。この国が自分の故郷というわけでもなし。ハルトがどこの国の誰であろうと、助けてくれたことに変わりはない。
「
「あー……ね」相槌を打つハルトの額にはだらだらと汗がしたたっていた。目は泳いでいる。やはり分かりやすい、とミーシャは苦笑する。
「徴税や徴兵などの締め付けが厳しく、国民が反発したんです。結集し、武器を持って一揆を起こしました。それを王国軍が制圧にしたのが昨年の話です」
「制圧されても反乱は脈々と続いてるわけだ」
「いえ。どちらかと言えば、ひっそりと、と言った方が正しいです。反乱軍の幹部のほとんどは昨年の一揆で皆処刑されていますから」
ふーん、とハルトが気のない返事をしてから「てか、詳しいな」と感嘆するように言った。
「あたしの前の所有者が反乱軍の者でしたから。資金調達のために売られましたが」
そっか、と呟いたきり、ハルトはそれ以上、深くは聞いてこなかった。
ミーシャにとっては、それがありがたかった。辛い過去はなるべく思い出したくない。だが、自分だけ、その『
自分一人が幸せになるなど許されない。あたしが必ず……必ず仲間を解放する。そして、仲間を売り物にする奴隷商を——。
不意に肩に何かが落ちた。
ちらっ、と目だけで確認するとハルトの頭が乗っていた。ミーシャは目を少し見張る。
「は、ハルトさ——」呼びかけようとして、ハルトがすーすー寝息をたてていることに気が付いた。
頬にハルトの柔らかい髪の毛が当たるのが少しくすぐったい。無駄に肩に力がこもる。身体がカチンコチンに固まったのは寒さだけのせいではなかった。
(ちょ……これ…………ええ!?)
どうして良いか分からず、しばらく固まっていたミーシャも、いつの間にか眠りに落ち、2人寄り添うように夜を過ごした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます