第96話 身勝手な優しさ
金獅子の魔術師であり、マリアの元パーティメンバーであるレオンは、上空から山頂に集まりつつある男たちを見下ろしていた。
そこにやって来るのは裏家業の人間ばかりである。とは言ってもそのほとんどが護衛の貧弱な商人から金品を奪い取るような、しょうもない小物だった。レオンが雇った中にはブラックリスターもいたはずだが、他の情報提供者によると、彼らは死んだらしい。使えない、とレオンは鼻を鳴らす。
(マリアさえ避ければいけるかと思ったんだがな。奴ら意外に強かったのか? それとも雇ったのが、思ったよりもへなちょこだったのか)
なんにせよ死んだ者に金を払う必要はない。
レオンが支払うと約束したのは、依頼を達成し生存している者。そして、依頼未達成でも生還した者。この2パターンだ。
今回の依頼は『ハルトを殺せ』というごく単純なものだった。ヴァルカンが雇った野盗やブラックリスターに、レオンが雇った者を紛れ込ませ、ハルトの暗殺を企んだ。だが、残念ながら依頼は失敗に終わったようだ。あの忌々しい
約束の時刻になった。山頂に集まったのは依頼を失敗したのに、報酬をもらおうと集まった図太い奴らだ。無論、そういう約束をしたのはレオンだった。その方がレオンにとっても都合が良いからである。
(バカな奴らだ。逃げ場のない山のてっぺんに無警戒でわらわら集まって)
レオンの両手がバチバチと放電しだした。時折、発光と共に、右手と左手の間に稲妻が架かるが、瞬時に消え、また架かる。
仲介業者を挟んで雇ってはいたが、念には念を。作戦が成功しても、失敗しても、彼らを消し炭にすることは初めから計画の内だった。
レオンが両手を山頂に向けた。眩い電光が走り、轟音が響く。強烈な光で辺りは真っ白に染まり、何も見えなかった。
再び静寂を取り戻したときには、そこに生命はいなかった。あるのは黒い炭になった生命だったものだけだ。
この魔法を直接ハルトに叩き込めたらどんなに楽か。
レオンは浮遊魔法で宙に浮いたまま、少しずつ高度を下げ、下山しはじめた。
(どんな手段を使おうともあの
そして、自分の元に戻って来るマリアを夢想して、レオンは優しい笑みを浮かべた。
♦︎
やられた、とナナが悔しそうに呟いた。
視線は手に持った置き書きに落ちていた。達筆とは言い難いへにょへにょの字。ハルトが書いた文だった。
(よりにもよって、マリア様のいないこんな時に……)
いや、とナナが首を振る。
偶然じゃない。ハルトお兄ちゃんはマリア様の不在を狙ったんだ、と瞬時に察した。
せっかくマリアが裁判に呼ばれて都市に出かけているのだから、今のうちにハルトを自分の女の魅力で元気づけてあげよう、とナナは9割以上
だが、そこにハルトの姿はなかった。ここのところはずっと引きこもっていると聞いていたのにおかしい、と不思議に思った時に目に入ったのがテーブルに置かれていたこの文だった。
『みんな、ごめん』から始まるその文には、モリフが村を立ち去った経緯、モリフはこの村を蜘蛛に破壊させ、スリーゼン伯爵のターゲットから外させようとしていたこと、そしてハルトはモリフを連れ戻しに隣国シムルド王国へ向かうこと、が記されていた。
『必ずモリフと一緒に戻って来るから、心配しないで待っていてほしい』
ナナは文をぐしゃぐしゃにまるめようとして、
ナナは目を閉じって、ゆっくり息を吸い、そして吐く。落ち着け。怒りでは何も解決しない。ゆっくり深呼吸して。そう。よし、良い感じ。これでもう
ぶ、と言い切る前にナナのコントロール下を離れた怒りが噴火した。
「ハルトお兄ちゃんのバカあああああああ! アホ! あんぽんたん! むっつりスケベえええ! 何一人で抱え込んでカッコつけてんじゃァ! バーカバーカバーーーーカ! 優しすぎるのが美徳だとでも思ってんのか! そういう自分勝手な優しさが、もう、ほんと、死ぬほど、だーーーーいきらい!」
ハアハアハア、と荒くなった自分の息遣いを聞きながら、ナナは崩れるように座り込み、膝を抱えた。
額を膝につけて、鼻をすすった。
「もうほんとやだ……」
♦︎
広場には、フェンテ、エドワード、ラビィ、それから村長をはじめとしたたくさんの村人が集まっていた。
ナナが緊急招集をかけたのだ。戦乙女の微笑みメンバーとリラは数日前に都市に帰って行った。今はまだ都市ヴァルメルがホームなのだから、致し方ない。
ハルトの置き書きを皆で回し読みする。読んだ者から次々と激怒していくのは、傍目には少し面白かった。
「バカだバカだ、とは思っていたけど、ここまでバカだとは思いもしなかったぜ」とエドワードが鼻を鳴らす。
「これは擁護できません、ハルト様」とラビィも珍しく眉を吊り上げ、口を固く結んでいた。
フェンテは、はぁ、と深いため息をついてから、「で、どうすんのよ」と言った。「領主のマリアさんが不在で、私たちは身動きが取れないわけだけど」
「多分、ハルトお兄ちゃんのことだから、それを狙ってこのタイミングで出て行ったんだと思います」ナナが忌々しそうに顔を歪めると、ラビィも「ハルト様、性格悪いですぅ」と眉間に皺を寄せた。
「だが、すぐに追わねば、取り返しのつかないことになりそうだが」と高齢の農民ロズが指摘する。
「そうだ。トラブルとみれば片っ端から首を突っ込んで行くハルトのことだ。どうせまた瀕死になるに決まってる」
エドワードの言う通りだった。今回の蜘蛛の魔物アラクネとの戦闘でもまた死にかけ、天界樹の葉に救われていた。天界樹の葉がなければこれまでで何回死んでいるか、分かったものではない。
「事は急を要する、ということね」とフェンテが頷いた。「なら、私がハルト先輩を連れ戻してくるわ」
ダメ! とナナが反射的に抗議する。予想外の反対にフェンテが眉を上げてナナをナナを見た。
「なんでダメなのよ」
「フェンテさんは弱すぎます」
「う、うるさい! これでもちょっとは強くなったんだから!」とフェンテが食い下がるが、ナナはかぶりを振って「私が行きます」と立ち上がった。
「あなたみたいなお子ちゃまダメに決まってるでしょ!」
言い争う2人に農民の男が口をはさんだ。「でも、フェンテちゃんが行っちまったら、誰が領主の代理を務める? 俺たちゃ、ただの農民だぜ? この中で官僚職なのはフェンテちゃんだけだ」
思わぬ伏兵に、ぐっ、とフェンテが呻いた。
今度はロズが「それに村の復興には錬金術師は必須だろうな」と口にする。
ぐぐっ、とフェンテはさらに呻き、もはや反論は不可能と諦めたのか「分かったわよ」と不貞腐れながら答えた。
「でも、そのお子ちゃまだけで追わせるわけにはいかないよ」
「誰がお子ちゃまですか!」ナナが声を荒げるが、全員にスルーされた。
「確かに、子供の一人旅ほど危険なものはありません」と村長アンリも何度か頷く。
「子供じゃありません!」やっぱりナナの抗議は無視された。13歳は誰がどう見ても子供である。
するとエドワードが鼻の下を伸ばして「じゃ、じゃあ俺が——」と言いかけたが、ラビィが突然立ち上がって言葉途中に遮られた。
「私がナナちゃんに同行します!」ラビィは珍しくはっきりと主張した。「私なら大人ですし、幻魔術でお役に立てるかもしれません」
「ラビィ……か」「頼りないのう」「消去法」「まぁ仕方ねえな」と農民たちがひそひそと耳打ちし合う。
「こらこらぁ! 聞こえてますよぅ!」
ナナはラビィに顔を向けて「大丈夫。私がいるから安心してね」と微笑みかけた。「あ、はい…………って、逆ぅ! 私が保護者側ですぅ!」
話がまとまり、ラビィを連れて、準備に出て行こうとするナナをエドワードが「待て」と呼び止めた。
「お、お、俺も一緒に行ってやるよ。……お前を守ってやる奴が必要だろ」
頬を赤らめ、不自然に視線を逸らしながらエドワードが旅の同行を申し出た。ラビィが、わぉ、と両手で口を押えて2人を交互に見やる。
村人たちも、ほぅ、と甘い青春を観戦する構えを取るが、当の本人であるナナはよく分かっておらず、無邪気な笑顔をエドワードに向けた。
「ううん、大丈夫。男子がいると旅しづらくなるし」
ラビィが、こいつマジか、と言いたげな顔で勢いよくナナに振り返った。ナナが「何?」と首を傾げると、ラビィは信じられない、とでも言うようにゆっくりと首を左右に振る。
村人たちの半分はエドワードに憐れみの視線を送り、もう半分は笑いをこらえてプルプル震えていた。
エドワードは涙目で尚も食い下がろうとするが、「どのみち、エドまで行ったら村の戦力が低下し過ぎるから無理よ」とフェンテに希望を断たれ、がっくりと項垂れた。
こうしてナナとラビィが、ハルトを追いかけ隣国シムルド王国へ向け、出立した。
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【あとがき】
第3章はこれで終わりです。
次回から第4章『モリフ奪還編』をスタートします。
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