第84話 才覚
モリフと弟のカイはスラムで育った。
シムルド王国王都は、見栄を張りたがる権力階層によって、華やかで立派な建物が所せましと立ち並び、世界有数の商業都市として活気づく程、繁栄を極める。
その一方で、スラムは他の都市と比べても一層悲惨な状況だった。毎日のように餓死者が出て、その死体すらも、どう金にするのかは不明だが、スラムの者によってどこかへと運ばれる。
モリフは8歳の頃、両親に弟共々捨てられてからは、時に身体を売り、時にドラッグを売り、時に世間知らずの田舎者から金をむしり取り、どうにかこうにか、暮らしていた。
この都市では物乞いなどしても、慈悲を与えてくれるものなどいない。スラムの住人は、都市民全体から、存在しないもの、として扱われた。だから、姉であるモリフは手段を問わず、金を稼ぐ必要があった。弟カイのために。
はじまりはモリフがどこからか、手に入れて来た一枚の公募紙からだった。
モリフがそれを眺めていると、カイが器用に売り物用の
「お姉ちゃん、それ何?」
「ん? 落ちてたんだよ〜。国が兵士を募集するみたい」
「なぁんだ、別に珍しいことじゃないじゃん」とカイの視線は籠に戻る。どうやら興味をなくしたようだ。カイは姉よりも頭が良く、機転が利くのだが、興味が偏る傾向にある。興味のないことは、見向きもせず、やらせようとしても覚えが悪い。だが、モリフは今回ばかりはカイを驚かせる自信があった。
「それがね〜、今回は『身分は問わない』って書いてあるんだよ〜」とモリフがにやついて言うと、カイはぴくっと一瞬反応するが、
「どうせ表向きそうしてるだけで、実際には身分の低いやつは弾かれるよ絶対」と可愛くない返答がくる。
「でも、それだけじゃないんだよ〜? なんと応募者全員に……才能の鑑定をしてくれるんだって〜」
モリフがとっておきの情報を提示すると、カイは「えぇ?!」と籠を放り捨て、モリフの持つ公募紙をひったくって読み、「本当だ……」と目を見張る。
「不採用でも受ける価値はあるよね〜。普通に鑑定なんて受けるお金ないし、お得だよ」
「才能次第で新しい仕事が見つかるかもしれないね。だけど——」
「だけど?」
「ここ見て」とカイが公募紙の一文に指をあてる。モリフはそれを読み上げた。「鑑定結果によっては、兵役を義務付ける場合あり」
「良い才能が出たら、国が抱え込もうとしてるんだよ。多分下級兵と大差ない俸給で」
「なるほど〜。まぁ、少なくても給料もらえるなら、私は万々歳だけどね〜」
♦︎
鑑定の魔法陣の上で、モリフはさすがにおかしいと、訝しんだ。
モリフの鑑定を実施した司祭は、唇をわなわな震わせてモリフを見るばかりで、モリフに才があるのか、何の才があるのか、について一向に告げようとしない。
そして、告げないまま、裏に走り去ってしまった。
(なになになに?! 怖いんだけど〜)
1人ポツンと鑑定の祭壇に取り残されるが、無料鑑定の結果を聞かないままタダでは帰れない。
しばらく待っていると、カイが「お姉ちゃん?」と入口から入ってきた。
「司祭が慌てて出てきたけど、どしたの?」
「さぁ〜」と肩をすくめるとカイは目を輝かせる。
「もしかして、すごい才能だったんじゃない?! 司祭も度肝を抜くような!」
「まさか〜」と一笑にふしたが、少しどこかで期待している自分もいた。今日から人生が変わっていくような、もう雨水をすすり、1つのパンをカイと分け合う辛い日々から抜け出せるような、そんな夢みたいな未来を想像して、自然と頬が緩んだ。
先ほどの司祭が、より役職が高いと思われる人たち数人を引き連れて、戻ってくる。
戻ってくるなり、司祭達全員が鑑定結果を映し出す水晶を覗き込み、「まさか……」「そんなバカな」「だが、これは」「どうするんだ、既にいるんだぞ」などとモリフそっちのけで話し合いを始めた。
「あの〜」とモリフが彼らに声をかけるが、司祭たちはこちらを指さして何やら揉めており、モリフの声は通らない。
ため息が漏れる。意を決してスゥー、と一際大きく息を吸い、「あの〜!」と一層大きい声を出すと、司祭たちが一斉にモリフに顔を向けた。
「結局、私の才能って何だったんですか〜?」
司祭たちがまた顔を見合わせる。「だめだ」「しかし」「うむ」「やむを得まい」などと司祭たちのひそめた声の一部分だけが、漏れ聞こえる。
やがて、決着がついたのか、おそらく一番役職が上だと思われるひげを生やした司祭がためらいがちに口を開いた。
「キミは…………キミの才覚は——」
♦︎
ハルトの青い刃をモリフは大鎌で受けた。
青い魔力は電流のように一瞬でモリフの中を走り、ハルトに戻っていく。
剣が強靭になっただけではない。魔力がモリフの中の記憶や情報、そして大切な思い出を読み取っていく。
それだけではない。ハルト自身の動きも格段に速くなっていた。それが青い魔力の影響だということは疑いようもないことだった。
モリフはハルトの斬撃を受けきれなくなって堪らず後ろに跳んで距離を取る。
ハルトは追って来なかった。その不気味なほど澄んだ瞳は、全てを見透かしたように、モリフを見つめる。
「ここまでとは」とモリフが苦虫を噛み潰したような顔をする。ハルトの隙を覗いながら無意識のうちに、さらに半歩下がる。焦りがにじむ。
「モリフこそ、強い強いとは思っていたけど、まさか——」
ハルトに言い当てられる予感はずっと前からあった。もし秘密を暴かれるのだとすれば、それはハルト様だろう、という予感が。
ずっと隠してきた。誰にも気付かれないように、バレないように。
今の自分に全くふさわしくないその言葉を、名乗る資格などとうに無くしたその言葉を、ハルトが口にする。
「——まさかキミが『聖女』だったとはね」
やはり、か。ハルトには全てがバレている。——いや、視られている。
「戦いながら『サーチ』できるようになったんだね〜」
「おかげさまでな」とハルトが笑う。
「だけど、精度が低いね〜。私は聖女じゃないよ。シムルド王国には既に活躍している聖女がいるでしょう? 『セイント ナタリア』が」
その名を口にした瞬間、頭の血管を焼き尽くすような憤怒が体中を駆け巡る。
が、顔に出ないように必死に押さえ込む。
ハルトはモリフの目をじっと見据える。「違うな。『セイント ナタリア』は聖女じゃない。彼女は偽物だ。本物の聖女はモリフ、キミだろう」
シムルド王国の大領主の娘ナタリアに聖女の覚醒が生じた、という話はあまりにも有名だった。聖女なんてそう何人も、1つの時代に——それも1つの国に——ポンポンと現れるものではない。未だかつて2人以上が同時に存在したことはない、と言われている。
ハルトの指摘にモリフは答えない。答えないことが答えだった。
「僕にはモリフの過去も視えている。キミは間違いなく聖女だ。聖女だった。だからこそ——」
ハルトの目が悲し気に歪んだ。
人間の愚かさを憂いるようなハルトの目は、怒りに肩で呼吸をするモリフをその瞳に写す。
「——存在を消されたんだ」
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